Angelic -2nd Style- Introduction 紹介
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Ravecraftの功績は、決して小さくなかった
 Ravecraft が頭角を現した頃は、関西におけるビジュアル系のインディーズシーンが最も活況を呈した時期でした。個性的なバンドが続々と登場し、そのほとんどが順調に動員を伸ばしていきました。 Ravecraft が関西のインディーズで五指に入るバンドとして業界内で認められるようになったのは、 97 年前後だったと記憶しています。僕の第一印象は「お手本通りのバンド」。奇抜さは感じられないけれど、ルックス、演奏、楽曲の個性、ライブパフォーマンスなど、ロックバンドに必要とされる要素のすべてにおいて、一定のラインをクリアしている気がしました。このバンドなら、いつメジャーに行っても勝負できる。そういう確信がありました。
 ただ残念なことに、アーティストがブレイクするためには、実力だけでなく、それと同じぐらいの比重で「運」という厄介な物も要求されます。今思えば、 Ravecraft はことごとく運に恵まれないバンドだったように思います。一番大事な時期にメンバー、それもギタリスト二人が脱退し、活動休止を余儀なくされたこと。その後は所属事務所と決裂し、メンバー自らがバンドの運営をしなければならなかったこと。その都度詳しい事情も聞きましたが、メンバー達に落ち度があるとは思えないような不可抗力ばかりで、こうした事態が彼らのバンド活動に支障を来したことには、本当に同情していました。
 「音楽業界のくだらないルールにかき回され、従わなければ自分達の音楽を示すことができないという、そんな世の中に吐き気がした」という Shame さんのこの言葉に、解散を選ぶしかなかった彼の正直な悔しさが滲み出ています。
 「知る人ぞ知るバンド」とか、「伝説のバンド」みたいな表現を、 Ravecraft に対して使うのは何だかピンと来ませんが、少なくとも彼らが「過小評価されたバンド」であることは誰もが認めることではないかと思います。彼らの後輩にあたるバンドが、メジャーに進出して全国的なブレイクを果たしたとき、「大阪にいた頃、 Ravecraft ってバンドのボーカルさんには、けっこう影響を受けましたね」と話していたことが思い出されます。一時期、メジャーで活躍するビジュアル系上がりのバンドのうち、関西出身組が半数近くを占めていました。大阪でシーンをリードした Ravecraft の功績は、決して小さくなかったと僕は今でも思うのです。
 幸運にも、 Ravecraft の音楽に生で触れたことのある人は、どうかその出会いをこれからも大切にして欲しいし、リアルタイムで彼らを知り得なかった人も、こんなバンドの存在をどうか記憶の片隅に残して欲しいと思います。
2003.10.01
FM 802 DJ 浅井 博章
浅井さんには、今回当Webサイトを開設するにあたり、特別にコメントを頂きました。
お忙しい中、私の我が侭を快く承諾して頂き、有り難うございました。
ここでは、"Ravecraft"というバンドに関して紹介をしています。"Ravecraft"とはどのようなバンドだったのか、どんなメンバーであったのかと言うことを私の視点から紹介をしています。また、バンド活動以外にもファンクラブに関することや、"Ravecraft"のロゴに関する話などもしています。
 
内容が大きくなってしまったので、ここでは3つのカテゴリにわけました。各カテゴリの内容は以下を参照して下さい。
About Ravecraft "Ravecraft"とはどんなバンドだったのか。結成時から解散までを、良い点も悪い点も含めて私の視点から紹介しています。
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BandName&Logo "Ravecraft"という名前の意味と、その由来について。また、活動していく中で変化していったバンドロゴの紹介と解析。
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"Ravecraft"のメンバーの推移と紹介。第2期以降のメンバーを紹介しています。第3期メンバーはファンクラブ会報誌からも引用。
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