Angelic -2nd Style- Introduction 紹介
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Ravecraftというバンドについて
"Ravecraft(レイヴ クラフト)"は1993年から2001年まで、活動休止時期を除いて約8年間活動をしていた、大阪のインディーズバンドです。大阪を中心に活動を展開し、全国ツアーなども精力的に行っていました。ピーク時にはインディーズバンドしては結構な数の観客も動員し、中規模なライヴハウスであればワンマンをしてもチケットを完売するくらいには人気がありました。また、多くのイベントライヴにも参加し、一時期は大阪のインディーズバンドとしてはそれなりに知名度も高かったかと思います。ここでは"Ravecraft"について、良いことも悪いことも含めて「"Ravecraft"とはどんなバンドだったか?」という事を振り返りたいと思います。
"Ravecraft"はメンバーの脱退や加入により、第1期から第3期までがあったと思っています。演奏していた音楽のジャンルは幅広く、ポップでキャッチーな曲から展開の早いロックまで、上手くこなしていたと思います。第1期〜第2期は見た目も含めてヴィジュアル系で、演奏される音楽もそんな感じの曲が多くありましたが、他のヴィジュアル系よりもポップな曲が多くあった気もします。また、当時から演奏力は高い方で、音楽的にも他のヴィジュアル系よりも演奏力は高い位置にあったと思います。"Ravecraft"というバンドを総体的に見て見ると、おそらく第2期の頃が一番人気があったかと思います。
 
第2期の頃に居たギターが2人抜けて一時期は活動休止となったのですが、その後3人で復活し、さらに新規にギターが1人加入したのを切っ掛けに、第3期"Ravecraft"となったと思います。この頃からは、それ以前に比べてヴィジュアル系バンドというよりもロックバンドっぽく変わりました。ギターが入れ代わったのが大きかったかと思いますが、演奏力や曲の構成がこの頃から格段に向上し、演奏する音楽のジャンルも見た目も変化し、また、Vo.の歌い方にも変化が出ました。ライヴでのパフォーマンスも大きく変わったかな。これが良かったのか悪かったのか、これを境に第2期までのヴィジュアル系が好きだった一部のファンは離れ、代わりに新たに新規のファンを獲得し、一部ファンの入れ代わりもあったと思います。しかしながら、当時の様々な事情により、第3期ではプロモーション活動をあまりしなかったせいか観客動員数を盛りかえす事は出来ず、それが原因かどうかはわかりませんが最終的には解散という事になってしまいました。個人的にはさらに大きくなる可能性を秘めていただけに、今でも非常に残念に思います。
第2期までは頻繁にイベントに出演していた"Ravecraft"ですが、実はあまり評判は良く無かったそうです。今回、当サイトを作成するにあたって某関係筋に近い方に色々と聞いたんですが、「"Ravecraft"の評判は良いが、"Ravecraft"のファンの評判が悪かった」らしいです。これには私も当時から色々と思うところはあったのですが、一部のファンの方々が「自分達さえ良ければ良い」という様な行動を取っていたみたいで、例えばファンに振り付けを強要させたり、たくさんのバンドが出演するイベントにもかからわず、一部の"Ravecraft"のファン達が開演直後から最前列あたりを常に陣取ったりしていたみたいで、これが原因でイベント主催者の方にクレームが来たりしていたみたいです。もちろんファンの全員がそうではありませんでしたが、一部のファンの方々の心無い行動が原因で、あまり良く無い印象を持たれてしまったのは非常に残念に思います。
第3期以前と以降の違いの一つであるライヴパフォーマンスの変化に関しては、2001年頭に某サイトにて行われたインタビューにてShameさんがわかりやすく言っておられるので、そちらから引用させて頂きます。
※2003年8月現在、そのサイトは既に存在しません。
昔はよく、スタジオでも「決め・決め・決め」で、例えばライブパフォーマンスにしても「はい、ここでみんなで1回転!」とか、色々あったんですよ、決め事が。そういうのがいっさいなくなったんですよ。今は自由に、お客さんも自由に。だいたいビジュアル系のライブに行くと手振りっていうんですか?細かいですねぇ。パラパラですよ、(笑)あれは。パラパラやったらねぇ、ちゃんとビデオが出てるとか、踊りをレクチャーしてくれるパラパラ講習とかあるじゃないですか。あれはあれでいいと思うんですが、僕は細かいノリが苦手で(笑)。そういうのが最近ではなくなってきつつあって、その変わりに、みんなでコブシを振り挙げるのならコブシを振り挙げる。単純な手を振るなら手を振るとか、そういうことで一体感を出して、みんなで叫ぶ時は叫ぶぼうって感じで、ロック本来の、僕がずっと憧れてきたロックバンドのかっこいい部分が段々出てきたんじゃないかと思います。ライブに来てくれる人にはそんな部分を感じてもらって。ほかのビジュアル系のバンドとは絶対に違うって、胸を張って…それは、見に来てくれた人しか分からないやろうし、そういうロックテイストを感じて欲しいと思いますね。
そういえば以前、"Ravecraft"がヴィジュアル系かどうかで揉めてた記憶が有りますが、私はヴィジュアル系だと思っています。なぜならCDショップでも雑誌なんかでも"Ravecraft"が紹介される場ではヴィジュアル系にカテゴライズされてたから。それ系のイベントにも出演してたしね。私はバンドのジャンルってのは大衆が決めるもんだと思ってます。個人的には第2期まではヴィジュアル系、第3期はジャパメタやロックを演奏するヴィジュアル系っぽいバンドと思ってるかな。つーかヴィジュアル系だろうがなんだろうが、演奏が上手であればそれでいいと思います。アーティストとして。
第3期では事務所を離れ、独立と言う道を選んだ"Ravecraft"ですが、その理由について1999年9月26日大阪心斎橋BAHAMAで行われたLive中でのMCでこのように語っていました。
ぶっちゃけた話、事務所を離れるって事なんだけど、事務所を離れておれたち自分の力でやっていこうかなって。なんだろ、お金の力?そういうんが無きゃ、出来ないのかな?っていう。おれ、すっごい嫌いなの。お金って。なんだろな・・・金さえあれば売れるとか、そういうの大嫌いだから。金さえ積んでテレビに出りゃ売れるんだよ、みたいなそういう考えがイヤで。まぁちょっと話がそれたんだけど、おれたちはこの4人で何ものにも変えられないパワーを得て、それでまた、これからもライヴをやって行くんでみなさんついて来て下さい。
ファンクラブ"Fortune"の会報誌第1号では以下のように語っていました。
事務所を離れる事になった理由として、バンドと事務所との間で価値観の違いが大きな原因だと思う。僕はまず、自分達の言葉を好きでいてくれるファンに対して優しくありたい。そして、Ravecraftがみんなの心の支えになればと思っています。どう思うかはやっぱり個人の価値観にもなってくるけど、自分達でFunclubを立ち上げ、その入会金を出来るだけ安くしたのとかも、そんな気持ちの表れだと思ってほしい。
また、解散表明では、解散について様々な理由を述べた後、こんな事を言っていました。
(色々な理由を述べた後)また、音楽業界のくだらないルールにかき回され、従わなければ自分達の音楽を示すことができないという、そんな世の中に吐き気がしたっていうのが僕にとっての解散の理由です。(中略)全ての音源達に嘘偽りのないRavecraftの姿を残せた事を誇りに思います。(中略)僕はこれからも音楽を愛し、作り続け、歌い続けます。次みなさんにお会いする時はどんな形になるのかわかりませんが、またどこかでお会いしましょう。
とも言っておられました。これらを見ても分かる通り、ファンからしてみれば「素晴らしいアーティスト」なんだけど、「プロ思考では無い」と思います。Membersのページでも触れていますが、以前にShameさんが「僕はプロ思考では無いと思う」と言われていましたが、私もその通りだと思います。"Ravecraft"というバンドは、常に「どうしたらお客さんが喜ぶか」という事を中心に考え、活動していたと思います。売り上げ第一では無く、常にお客さんの為に活動し、同時にお客さんの金銭的な負担を軽くしようとしていた様に見えます(第3期ではそれが顕著だったと思います)。
解散の理由に関してですが、Shameさんの言葉は上に一部引用してありますが、メンバー全員のメッセージを読んで一言で表すと、「それぞれの音楽に対するスタンスと方向性の違い」です。解散表明ではみなさん色々な理由を述べているのですが、具体的な理由はShameさんとTakeshiさんしか述べていません。しかしながら、二人とも言っている事を合わせてみるとこのような結論となりました。「進むべき道が無数に広がり過ぎて、どこに進みたいのかメンバー一人一人の意識を一つに出来なくなった」「自分の出している音に自信が持てなくなってきて、これでいいのか?って音を出す度に疑問に思ったりもしました」と言う様な事を言っています。
 
上記の様な様々な理由によって、"Ravecraft"は2001年6月8日に解散表明を出し、2001年6月19日、大阪心斎橋MUSE HALLにてラストライヴを行い、解散しました。しかし、最後の最後まで、例えメンバー一人一人の意識が一つにまとまっていなかったとしても、音楽に対して常に真剣で、妥協のない活動内容だったと思います。解散ライヴの時、非常に大勢の人が"Ravecraft"の最後を見る為にライヴハウスに詰め掛けたのを今でもよく覚えています。皆様おつかれさまでした。
バンド名である"Ravecraft"の名前の由来は BandName & Logo を参照して下さい。活動履歴に関しては Biography を参照して下さい。
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オフィシャルファンクラブ"Fortune"について
事務所から独立した第3期"Ravecraft"は、自分達のオフィシャルファンクラブ"Fortune"を立ち上げました。ここではファンクラブ"Fortune"を紹介します。事務所から独立したきっかけや理由は上に書いてあるのでそちらを参照して下さい。
 
"Fortune"は確か、年会費2,000円だったと思います。ファンクラブ会員になる事によって、年数回の会報の配布やライヴ情報、ファンクラブ会員限定のイベントなんかに参加出来る様になってたと思います。会報に関しては、年4回発行だったと思います。ただ、結構不定期だった記憶があるんで、きっちり3か月ごとに会報が来ていたかどうかまでは覚えていないです。会員になる事で会員証が配布され、第1期会員には特典としてオリジナルピックが貰えました。
■会員証(左:第1期、右:第2期)と配布ピック
(それぞれクリックで拡大)
■Fortune第1号(クリックで拡大
会報の内容は、ライヴレポートやインタビュー、談合など、ごくありふれた会報という感じでした。新しい音源が出た時にはそれに関するメンバー全員の解説なんかをやってましたね。あとはRicheardさんのコーナーやShameさんがWeb上で書いていた日記を転載したものがありました。この頃の"Ravecraft"は、ライヴ自体はかなり頻繁に行っていたんですが、DMなどは送られてこない様な状況で、その代わりにファンクラブ会報でライヴの告知をしている状態でした。ただ徐々に"Ravecraft"のライヴを行うペースと会報が発行されるペースが合わなくなり、最終的にはライヴ告知はオフィシャルWebサイトで告知という形になってたと思います(その頃でも会報にライヴ告知が載っていたけど、インターネットに接続出来る環境の人には必要なかった)。そんな状況だったので、「頻繁にライヴに行けなくて、ネットに接続できず、ファンクラブにも入っていない人」には辛い状況になってしまっていたと思います(ライヴに行ってもフライヤーとかライヴ告知のチラシって入ってなくて、MCでのみライヴ告知だった気がする…気のせいかな?)。
 
ちなみに、ファンクラブ会員限定のイベントとしては、1999年12月22日に、大阪のワンショットバードリームにて行われた、アコースティックライヴ「X'masイヴ×3 アコースティックLive&パーティ」くらいだったんじゃないかと思います。確か入場の際にファンクラブ会員証が必要とかだったと思うんですが、私は行ってないんで詳しくは分からないです。このイベントではいろんな曲がアコースティックで演奏され、また、「舞い踊れ 夏の少年」が先行発売されるなど、ファンクラブ限定イベントらしいイベントだったみたいです。これは会報の方でもレポートが掲載されていました。
 
ファンクラブ会員限定Webサイトというのも立ち上がりましたが、思いっきりオフィシャルサイトのトップページからリンクされてたんで、事実上誰でもアクセス出来るサイトでした。「電磁波倶楽部」と言うサイト名で、中身は主に"Ravecraft"の昔の写真やその他の画像、また、上記のファンクラブ限定ライヴの告知などをしていました。
はっきり言ってしまうと、ファンクラブ自体はファンにとってそれほど有意義なものではありませんでした。しかし、このファンクラブは存在に意味があったものだと思います。会報誌第一号の編集後記には、Shameさんよりこんなメッセージが掲載されていました。
無翼と言うその言葉が今を持って「僕達は翼が無いんじゃなくて、誰もが心の中にある翼の存在を知らなかったんだ。」とそんなふうに思えてきます。そんな鎖から解き放たれたかのような気分でこのFortune会報誌の製作に取り組む事が出来ました。
このShameさんの言葉通り、事務所から独立以降、"Ravecraft"は以前よりも自由に活動している様に見えたし、以前にも増して音にこだわるようになったし、ライヴにもこだわるようになったと思います。また、同じく会報第一号には、
事務所を離れる事になった理由として、バンドと事務所との間で価値観の違いが大きな原因だと思う。僕はまず、自分達の言葉を好きでいてくれるファンに対して優しくありたい。そして、Ravecraftがみんなの心の支えになればと思っています。(中略)どう思うかはやっぱり個人の価値観にもなってくるけど、自分達でFunclubを立ち上げ、その入会金を出来るだけ安くしたのとかも、そんな気持ちの表れだと思ってほしい。
この様な事を言っていました。こういう事をファンに言える場を作った事や、それらの存在があるという事が意味があったんじゃないかと思います。
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