雨の予報にも関わらず、朽木・桑原の上空には一点の曇りもなく、和やかな秋日和の陽射しの下、針畑川の川面にも秋らしい煌めきがある。桑原橋に近いお宅の家先に車を止めて、その家の主婦に軽くご挨拶をした後登山口へ向かった。川岸を覆う枯れたヨシの中には、沢山のホオジロが集い、少し離れた流れの傍に、何を思うか、セグロセキレイが動かない。
歩き出して直ぐに集落を離れて林道に入った。山に食料が無い状態では、この辺りが一番熊との遭遇に注意しないといけな場所で、山に入ってしまえば、熊も慌てることはないのだ。カウベルを振りながら、辺りを見渡すに、鹿や、ことに猪の乱暴狼藉ぶりが際立っている。あちこち地面を掘り返し、地中の生物を食べるのであろうが、後片付けがまるでない。
林道から登山道に入っても、硬く締まった登山道を掘り返した現場は、暫くの区間止むことはなかった。登山道に入って暫くすると、色付いたコナラやミズナラの二次林になる。木漏れ日もあって、林床は一年で一番明るい時期を迎える。直線的に登る道は、ときにはかなりの傾斜があり、トラロープが有難いところもある。それでも久多から三国岳へのルートを思えば、まだ道と呼べる程であるから、納得である。
朽木の集落から百里ガ岳辺りまでの山並みが、多少霞みの掛かった中空に、黄色く色付いて拓けるところまで来た。この辺りには、人の近づく尾根筋を避けたらしい熊の気配が度々あった。栗の木にクリの実が無く、青いサワフタギの実も小さなリンゴに似たウラジロの実も無く、ドングリもサルナシの実も全くない。ここには熊の気配はない。 三国岳ピーク北側から県境尾根を北東に移動、羽衣の様な淡い黄色に染まったタカノツメ、橙色のブナ、真っ赤なコミネカエデの紅葉が今を盛りである。P941の北側からロロノ谷源頭部を巻いて、西側の尾根へと進み、ロロノ谷へ下降、殆ど足跡らしいものはない。この辺りにも熊の気配は全くない。水の少ない谷を下降し大谷へ下る滝の手前で一休み、滝を巻いて三ボケに行くか、尾根一つを挟んだ谷を登り、最後にP941に登るルートをとるか。
午後からは前線の通過は必至、小雨が来るであろうから、少し近いが隣の谷を遡行、早めにP941まで引き返すルートを選択。順調に辿った谷のまっただ中に、大きなサワグルミが倒れて通過が困難な様子、右側の尾根に逃げるとそこにも巨大なブナが、大きな杉などを巻き込んで倒れていた。
近くにはカシノナガキクイムシよって、倒れたり立ち枯れたりした大きなミズナラが彼方此方にある。森の中に巨大な空間がぽっかりと空いた。林床にミズナラやブナの幼木が育っているので、何れは大きな鬱蒼とした森を回復するだろうが、それにはまた100年の年月が必要であろう。
P941の、少なくなった笹原を抜けると、巨木が作る静かな空間に出る。見上げた空にはどんよりと雲が広がり、ぱらぱら来るのは避けられそうにない。静かな森を抜け、尾根の登山道に戻って来た道を引き返した。紅葉した樹木の下を、沢山のユキンボが舞っている。降雪の前触れかも知れない。
桑原へ向かって下降中、再び見上げた空には青空が覗き、背後からは夕日が差す。一面の雲は東の空に消えていった。下りでもまた一汗、今日は暑い日である。
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