明王院前の小さな駐車場は満杯で、少年自然の家前に駐車した。身支度に余念の無い人も、整うと同時に武奈ガ岳を目指して橋を渡っていく。大きな瀬音を立てて流れる安曇川も、頬を撫でる川風も、まだ2月末日であるにも拘わらず既に春の暖かさがあった。冬の張り詰めた空気の去った集落には、間延びした気配が漂っていた。
武奈ガ岳の登山口である明王院を左に見て、倒木やがけ崩れで酷く痛んだ林道が続く。辛うじて、雪崩れた場所では汚れて硬く締まった積雪があるものの、辺りにはまるで雪がない。下りに使う予定の白滝山へと続く伊東新道を右にみて、更に30分、林道終点から増水した白滝谷の左斜面を歩く。このさき、丸木橋を渡り一旦左岸に移り、そのあと更に右岸に渉るところがある。
そこに掛かる橋が崩壊していれば、この流れではとても渉る事ができない。50cm位の積雪の中を歩き、橋のところに着てみたら、一昨年崩壊していたパイプの橋は、丸太の立派な橋となって流れの中に佇んでいるではないか。有難く渉らせて頂いて先を見ると、ちょうど夏道のあたりが残雪で埋まっている。岩が剥き出しのところもあるので、ワンタッチ装着ではないアイゼンではなかなか辛いところである。結局使わずじまい。
やはり硬く締まった雪は辛い。ストックと立ち木を使い慎重に進む。白滝谷の瀬音も殆ど記憶していないので、大分緊張しながら歩いたようだ。それでもところどころ平坦なところがあり、まだ綺麗な雪面が残っていて、雪解け水で大きな滝が掛かったような処では、立ち止まり、日差しが零れるなかで一服するのは気分が良い。
夫婦滝を高巻くところでは、小さな谷全面に雪崩れの跡があり、斜度のきつい雪面にはちょっとビビってしまった。潅木などの全く生えていない斜面を支尾根ピークへ。傾斜の先には白濁した流れがある。滑ったらやばそうである。今日一番の緊張の中、滝上部のピークに着いたときには一安心。ここだけ雪がない。
深い雪の中、滝上に掛かる橋を目指して下降。橋の傍には古い踏み跡が凍りついて残っていた。滝の右岸には祠があって、何を祭るのか定かではないが、避難小屋のようなものもある。夏には琵琶湖バレーからこの辺りまでが散策コースになっていた。ここから真っ白な正面の谷を登り、白滝山を目指した。雪は80cmくらいで、踏み抜くと、下に岩などが隠れているので気が抜けない。ところどころに残る赤いテープを頼りに二股の右側を詰めると広い谷に出た。
右側のピークあたりが白滝山の筈ではあるが、鞍部を進んで音羽池を目指した。訪れる人は少ないものの、鈴鹿・御池に似たなだらかな起伏の中に、ところどころ池が配してあって、なかなかに気持ちの良いところである。池は見つからないが、まあたらしい踏み跡が目の前にある。バレー方面から来て白滝山に向かっていた。
踏み跡を辿って三つの小ピークの真ん中に出来た陽だまりで昼食にした。日差しもあって鳥も鳴かない静かな時間であった。鳥は鳴かないが人は吼える。白滝山あたりから「おーい、おーい」と声がする。足跡から察すると二人、それも中年くらいのカップルらしい。40分ほどのんびりしていると真っ青であった空に雲が出てきた。みるまに空一面に広がり風が湧く。
踏み跡を辿り白滝山手前のピークにのり、比良山地の北側稜線を経て白滝山ピークに乗った。先ほどの声の主は既にいない。伊東新道に踏み跡はない。この道を登りに使うのはしんどかろう。明るい落葉した樹林を下ると程なく杉林が現れる。思いのほか雪が多く、この先の滝の巻き道はどうだろう。滝上をトラバースするところが雪で埋まると直ぐ下は崖なので、随分危険なところになる。
下降しながら積雪をみるに殆ど変化がない。君子の喩えにあるごとく、ここは谷を越えて向かいのスギ林を降りるべきだろう。谷を越えると古い踏み跡もあった。ここらあたりで引き返したようにみえるがどうだろう。1時間ほど格闘してやっとワサビ谷に下降できた。真新しい踏み跡があり、どうやら滝下までは登ったようである。林道を下ったところで着替え中の大阪ナンバーがいた。滝下で敗退したのはこの人ではなかったか。
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