水太林道は意外にも涼しかった。その後の気温上昇を控えているとはいえ、この涼しさは意外である。橋を越えると川は手の届くところを流れていて、手を漬けると冷たい。水廉の滝まででも、いたるところから地下水が湧き出し、滝に着いた時には腹は満タン。滝壺に降りて細かな水飛沫の中に立つと、鳥肌が立つ。あ〜これを持ち帰ることが事が出来たなら。
滝上から周回コースに出合い、右に進んで、乾いて詰まらない石灰岩の沢を登ると切り立つ鎖場に出る。この当たりで既にバテバテであったから、これを登るのに心臓は高鳴り、折角飲んだ水もタオルを絞ること数回。底なし井戸なる垂直に出来た石灰岩の穴を通り抜け、やっと割合に平坦なコースに出て、日が高く上った割にはまずまず涼しい微風の木陰を歩いて、笙ノ窟谷コース出会いで小休止。
風が緩やかなので、暑いだけではなくて虫も纏わりついて不快である。笙ノ窟谷コースは、急斜面を右往左往しながら高度を稼ぐ。樹木の影を歩きながらも相当に暑く、気力だけで前に進んでいるような具合。窟の手前の崖の下から、湧き水の流れるところがあった筈だ。
水がやや少ないので補給の必要がある。湧き水は、確かにあるにはあったが酌めるほどの水量ではない、止む終えず水の補給を諦めて大和岳のコルに向かった。
行動食の補給の間、西から吹き上がる風がことのほか冷たい。鈴の音が響き渡り、岩尾根から、まず2名のパーティーが降りてきた。真に溌剌としたかなりお年を召した女性と、ご一緒の男性である。その後ろから単独の男性が一人。食事を終えて、鉄の梯子を上り詰めると石の鼻である。石の鼻からは、ガスの掛かった遠景ばかり、伯母谷ばかりはすっきりと見えている。
鉄の階段と防護用の柵の間を歩き、伯母谷方面からの風があるときは多少涼しく、ないときは汗をぼろぼろ落としながら、やっと奥駈出合い。危険な場所はもう殆ど残っていなかった。大普賢岳のピークは誰も居ない。直射日光に曝されたピークは留まるところではない。都笹に覆われた綺麗な森を背景に、水太の覗きで暫く休み。陽差の無いところは風も抜けて居心地が良い。
居心地が良い所に留まることは、明日からの約束事を反故にすることになる。とかく住み難い世でも帰らねばならん。思い切って腰を上げ、国見岳の尾根を巻き、薩摩転びを抜け、稚児泊まりを抜け、順はどうだったか、額からは汗がぼろぼろ。七曜岳のピークは天に聳え、あ〜あと少し頑張ろか。
七曜岳でまた少し休んで辺りを見回すと、大台あたりは既に雲の中で、通り過ぎたばかりの稚児泊まりを掠めて、白いものが流れていく。雨はまだ降りそうにもない。崖状の斜面を、びっしり露出してしまった木の根を頼りに下ると木の階段がある。随分以前からあるちょっと心細い階段を、恐る恐る下ると緩斜面となる。流れてきたガスの所為か、酷く暑い。温度計は28度、登りは23度であった。
ザレ場の急斜面をこなすと無双洞に下降する。迸る洞の入り口に立ち、冷たい水を腹いっぱい飲んだ。洞から吹く風は湿っていて寒い。程よい温度とはとても云えない位に冷たい。無双でないことは既に誰でも知っている無双洞を離れ、水廉の滝を振り返りながら滝を後に、林道に降り立ち、汗を拭くとすっかり涼しい。気温は23度、朝と同じである。
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