久しぶりに朽木の道を走るような気がする。目の前にも後続にもひしめく車、安曇川の河原にはいたるところキャンプの煙が上がり、暑さを避けたいと思う気持ちは非常に良く伝わってくる。ところが此方はその暑い最中、厳しい斜面に這いつくばり、更なる暑さを体験しようと云うのだから、何の苦行か不思議である。
明王院前は満車の状態、川を越えて広い駐車場の一番手前に車を止め、只だし、これだけでも多少溜飲の下がるような気もするのだが、何の溜飲であろうか。用意の間に着いたバス、手に手にストックを持ちザックを背負い、明王院の裏手に消えていく。中にはトイレの前で苦行の始まりを出来るだけ柔らかく受け止めようとするかのような方たちも。
見上げる杉の林に点々と続くハイカーの後姿、身体の内側は燃えるようで、十数分後には足にくる。何時ものように流れる汗、望むらくは山肌を舐める涼しい風である。そんな中ひょうきんなくらい軽々と登山道を登ってくる男性、そして軽々と追い越していく後姿には暑苦しさがまるでない。このとき、暑いのはうごめく様な上り方にあることを発見した。
とはいえやっぱり足の運びは遅々として進まず、傍らでゆっくり冷たいお茶を飲む初老の男性こそは羨ましいのである。この男性を除けば、先を行くハイカーにすっかり溝を開けられ、こうなると、安心してゆっくり身体を冷ましながら登ることができる。お茶を飲む男性は未だ姿が見えない。
杉の林が終わると自然林の急斜面が続く。突然聞こえる雄たけびの声、直ぐ先を行く男性の声で、これで二度目。
普通の登山道で雄たけびをあげるハイカーも稀であろう。始めてのことで、一体どんな心境から発した行動であるか、さっぱり分からん。気合を入れるにしても余りに突拍子もない入れ方だ。普通は奥歯に力を込めて、えい、とばかりに遣るものだろう。気合を入れることの少ないものにはやはり難しい。
尾根に上がると心持風がある。夏道を忠実に辿ると御殿山への最後の急登が待っていた。再び顕れた新たな後続、軽やかな身のこなしで急斜面を登って消えた。横に張り出した木の枝に腰掛、その一部始終を見ていたのだ。徐に坂道を登りガレの上の開けた場所にでると、木陰で休むその姿は、先ほどの軽やかな肢体のお兄さんであった。
アブやハエが纏わりつく軽い斜面を辿って御殿山ピーク。絞ったタオルからは飲めるほどの汗、それを見ていた初老の男性ハイカー、いい汗かいてますな〜と喜ぶ顔。ここまで3時間を要したらしく、帰りはコヤマノタケからシャクシコバの頭を抜けて牛コバに下る計画だと云う。テン泊でもしたら楽だろう、などと云うところを聞くに、相当に遊びなれたお人に違いなく、にこやかに西南稜に向けて下って行かれた。
なら同じコースで下ってやろう、今日のコースの全容が決まった瞬間である。潅木程度の樹木しかない西南稜は暑かった、がまた涼しかった。ガスが掛かると陽射しがなくなり、抜ける風は冷たいのである。点々と連なるハイカーの姿、何の因果でこのような事をするのか、初老の男性も同じ事も聞いたのだが、一言、おバカです。
ガスの掛かる涼しい武奈ガ岳のピークには凡そ20人、やっぱり熟年の方が多いみたい。少しエネルギーを補給してコヤマノタケに向かった。ちょうど初老の男性は到着したところだ。コヤマノタケから中峠、シャクシコバの頭はブナの林で非常に涼しい。以前に較べて踏み跡が明瞭なのも涼しい理由である。
少し急な道を下り、最後は小川新道なる水の無い谷川を下ると奥の深谷の流れに出会う。やや水量の多い流れを越えて、地図では山腹を少しばかり歩くと直ぐにでも牛コバに出そうな距離を、長々と距離と時間を掛けて高度を下げ、やっと着いた牛コバは案外涼しかった。林道に川面を吹く風が流れ、テント泊の跡なども残る、かなり気持ちの良い場所になっている。
切り立つ林道横の崖から溢れる水の旨いこと、理性の制止がなければ、シャワーを浴びてしまうところであった。些か敬遠するような、あえて無関心を装う下っていかれるアベックの眼差しを忘れてはいけない。
|