■ 伯耆大山・文殊堂〜駒鳥小屋・地獄谷
・・・・2010年07月25日
2010.7.27

大山周回道路の傍に、取り残されたようにぽつんと立つお堂が文殊堂である。上から覆いかぶさるようなブナの葉叢で、何時頃の建立であるかも分からない。傍には2台の車が駐車中で、やっとそれであるのが判ったくらいである。背後には三ノ沢補修工事の資材置き場があり乗用車が2台、立派なカメラをもったお二人が、白く輝く、乾いた三ノ沢を上り始めた。

三ノ沢を通り越して直ぐ、左の熊笹の中に踏み跡らしい跡が続く。どうやらこのルートが文殊越ルートに間違いなさそうだが、心細い踏み跡を見ると、最近は健康の森からのルートが主流らしい。水の全くない苔むした小さな谷の中を、緩やかな上り調子で暫く歩くと楽しみにしていた水場がある。

昨日の宝珠越に較べて風の無い谷であることに加え、気温自体が高いのか、林の中は非常に暑くて汗があとからあとから噴出してくる。

火山性の地層から湧き出す地下水を雨どいを使って集めてあって、手を浸すと痺れるような快感が残る。名残惜しい水場を跡にして、やや熊笹の多くなった沢を上り詰めると巨大なポールだけが残った文殊越の峠に着いた。看板は既に四散し、金属でできたポールだけが残っている。前方の森には、これまでのような細いブナに代わり、枝を縦横に伸ばした強大なブナの林が続いている。

峠を下ると割合に平坦な、良く踏まれた道と出会う、健康の森からのルートと出会ったらしい。辺りにはブナの倒木が多く、登山道もいたるところで倒木を越えたり回り込んだりして続いている。それにしても風が無くて暑い。緩やかに登っていた道は、いきなり厳しい傾斜に代わり、尾根に向かって一直線、潅木の葉叢の下を潜って登る道は、風が無いのでただただ暑い。

上り詰めたところは鳥越峠、左右の尾根は大山・烏ガ山へと続くようだが最近の踏み跡は薄く、烏ガ山は地震の影響で登山道崩壊、閉鎖中との立て札があった。歩かないと登山道が無くなるので行っている、との地元のハイカーの話を思い出した。殆ど木陰の無い峠で休息中、ダブルストックの単独男性が追いつき、追い越していった。暫時の休息中に口にした言葉「あ〜暑い!」は、如何にも暑さに喘ぐ様子が現れていた。

鳥越峠からはこれまた激しい下りで固定ロープが二つ、帰りが不安になってくる。下りきったあとはトラバース気味のアップダウンを繰り返し、大きな地獄谷に近づいていく。ここら辺りかな、と思うところで下り一辺倒になり、大きな石の多い歩きづらい道が続く。水音が林の中から聞こえて来る。なんとも恋しい音である。水が顕れて直ぐに駒鳥小屋に到着した。

駒鳥小屋の内部は、かび臭くて、殆ど使われている気配は無い。冬でもなければ使う気には到底なれない様子であった。小屋から沢へはこれがまた一苦労。岸が壊れ、河原まで15m程の垂直に近い崖がある。短い梯子を降り、彼方此方から地下水の漏れでる岸を横に移動してどうやら河原には下りた。

そこに流れる水の冷たさ、量の多さは驚くほどである。本流はまだ柳の先なのに、溢れた地下水はここで一気に地上に飛び出し川となっている。本流、地獄谷より数倍冷たい水である。本流に出て、谷の奥に聳える大山の尾根、そこに立つ小さなユートピア避難小屋、あそこまでは気力が持ちそうにない、帰る時間も気に掛かる。

で、ここで持ち合わせの食料を消費し、川で顔を洗って引き返す事にした。勿論、冷たい水はお腹の中に沢山詰め込んだ。帰り道がまた辛い。気温は更に上昇し、上空に湧く雲は、期待したほど陽射しを遮る事がない。ときおり冷たい風が山肌から吹き出すところがあった。地下には空洞があり風の流れがあって、辺り一面から噴出す風は冷たいのだが、これとてもクーラーには遠く及ばない。

鳥越峠を越えた辺りで人の気配がある。みると、ザックや地図や書類などが、これには植物の名前がぎっしり書き連ねてあった。植生調査のボランティアであろうか、この暑気の中ご苦労さんです。文殊堂の前の車は既に無く、三ノ沢に出掛けたカメラマンの車も、流石に引き上げたあとであった。



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