駐車スペースどころか、不埒な車の多い熊渡駐車場を過ぎ、少し上の広めの路肩に駐車、快晴とはいえ数日前までの豪雨の名残で、流れの早い川面には、お若い人の姿がある。あの早瀬で遊べるかしらん、などと余計な気を回すのも、既に汗が滲むほどの気温の林道にあるからで。日向は流石に暑いけれども、葉叢の下には涼やかな風もあって、そう贅沢を云うものじゃない。
トサカ尾山の大岸壁の正面で、約束のように鳴くオオルリの囀り、杉の木の高みで姿は見えない。白川八丁を行くといった先行したアベックの姿は終に見えなかった。河原への道にも、薄い夏草が生えて、先行者の痕跡は何処にもない。白川八丁の涼しげな水飛沫を想像しながら歩く杉の林は中々に応える。
カナビキ谷を右往左往しながら高度を稼ぐこのルートも、何時の間にか間違えようもないほど確りした登山道になった。尾根を直登する辺りが開け、谷越しに葛城山や麓の集落が見えるほど、空気が澄んでいる。尾根に上るまでに大汗を掻いた。途中で谷水を頭から被った事も手伝って、休息中の初老男性二人の注目を集めるほどであった。
古道に入って最初の斜面を過ぎると楽になる。楽になるに従って、西側の山並みが目に飛び込む。その中には高野辻下の斜面に点在する篠原集落もあって、今日はまた一際鮮やかな光景であった。斜面西側を進む大峰回廊はいつもに増して瑞々しく、ルリビタキの囀りも調子良く聞こえる。頂仙岳を越え日裏山に差し掛かる辺りで、芳しい匂いが鼻先を掠める。シラビソが放つ匂いである。
日裏山山頂部で昼食を済ませ、暫く休んで汗が乾くと些か元気が戻ったようだ。目の前には、山腹の植物相まで識別できそうな大峰主峰が広がっている。一旦下り、明星までの、見えている割に案外距離のある尾根を歩くと、なかなか素晴らしい景観が幾つも顕れる。七面山のコブはもっとも分かりやすい特徴の一つである。
ちょうど奥駈道に差し掛かる頃、山頂部にガスが流れてきた。耳を澄ましてもどんな音も聞こえてこない。ほっと胸を撫で下ろし、柵の中の繁茂する夏草の中の、見頃を過ぎたオオヤマレンゲを眺めるのである。確かに、八剣谷で見る如何にも心細いレンゲとは違う精彩のある樹形を見ると、鹿による食害は植物にとって相当厳しい脅威であることが、今更ながら確認できるのである。
そろそろ匂い出したバイケイソウの群落を踏み、明星の肩から東に下る谷間を見ながら、吹き上がる涼しい風の中で小休止。ガスも晴れて再び青空一色となる。ちょうど八経ピークには人の姿も無く、東側の眺望は流石に素晴らしい。が、直ぐ後ろから、元気な妙齢の女性群。聞けば、初めての登山であるらしいのだから驚く。
女性群にピークを明け渡し、良く踏まれた石ころの道を弥山へ。オオヤマレンゲの花も真っ白な美しいものは残り少ない。僅かに残る蕾からも、残り一週間程度で今年はお仕舞い。おいしそうなブドウを着けた植物があった。伯母様にお伺いしたところ、サンカヨウの実らしい。実に食欲をそそる形であるが、何者にも食い荒らされた気配がないところをみると、有毒の可能性が高い。
弥山小屋の周辺には、既に一日の終わりの気配が漂っていた。三々五々腰を降ろして語らう姿は今日のお仕舞いを示している。弥山小屋を後にして狼平に下った。この時間に登ってくる人は意外に多い。何れも小屋泊まりのようだ。狼平には適当に距離を置いたカラフルなテントが5張りほど、水を沸かす初老の男性、小屋前で時間を潰す7〜8名の男女。何れもまた夕日を待ちかねるようなところが見える。
高崎横手に戻ってきたのは、そろそろ夕日に染まる頃であった。あとは出来るだけ早く熊渡りの駐車場まで戻るだけ。この時間に回廊を登って来る人がある。狼平小屋に携帯を忘れたらしい。ヘッデンも懐中電灯も携帯しているとの事、一旦下って単独で登って来るのはさぞや大変なことだろう。携帯は見つかったろうか。
どうやら暗くなる寸前で車まで戻ることができた。少し渋滞はしたが、葛城山の麓では、今年初めての花火を見た。直ぐ傍で弾ける花火は夏のお祭りの余韻を思い起こさせたようである。
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