南下するに伴って回復傾向に見える空、いやな雲が掛かっても暫くあとにはこれも流れ去り、概ね晴れ間といっても差し支えない。木梶林道入り口には車は一台もなく、暫く後に顕れたスクータが一台。不動滝まで乗り入れてお弁当を頬張っている。朝から弁当は、ちと考えてしまう光景ではあるが、何分にも滝には水量があり、いつもの、白濁して細紐のようなささやかな流れではない。
見上げた樹林の葉叢から、体積のある太い柱のように落ちてきて、遥か下方の谷川までを、一気に流れ下る様は確かに見ものである。彼方此方から流れ出す水で、林道も小さな川のように流れる処が多い。ひんやりした風は吹くけれども、陽射しがあると暑い。水量は多くても、地蔵谷手前の橋を渡ったあたりからは、水に濁りがあって、やはり美しくない。
杉林から流れ出す土が原因である。地蔵谷への徒渉地点を越えて、伐採地をかなり上部まで登ると古い踏み跡に出た。踏み跡に従って入った暗い谷は、水量こそやや多いものの、歩けないほどでもない。ただ、左右に移るポイントを間違えると靴が水没してしまうので、注意は必要だ。
谷の中は風もあり、随分涼しい。がしかし少しくらいは光が在ってもらいたい。そのような思いはあったものの、アカゾレ山北側の台高縦走路を目指し、左側から流れ込む支谷に入り、面白くもない暗い谷で、明るい右側の尾根に登った。尾根を進めば伊勢辻に出会うはずである。あっけない気も多少はあったのだが、よもや谷を間違えているとは思わず、次第に深くなる右側の谷を見下ろしながら、綺麗なブナの林を登った。
右側から迫る尾根があって、合流部には赤テープも貼り付けてあり、このときには何処から登って何処へ下降するのか不明である。平坦であった尾根も、台高主稜線が見え出した辺りからやや勾配を増した。今日は湿度も気温も応えるほどではなかったので、今まで体内に温存してあった汗が、このときばかりは遠慮なく噴出した。左から迫る尾根と合し、背の低い笹の中を飛び出したところは、如何見てもアカゾレ山に違いない。
何で?、どうして、何処で間違ったのか。伊勢辻であるべきところがアカゾレとは、じっくり考えてみると、左に折れる谷を間違えたのに違いなく、水量が多かったので見間違えたと思われる。納得してしまえば如何ということもない。夏アカネが飛び交い、食われるとも思っていなさそうな小さいハエが沢山いる。カヤトの上で昼食を摂る間、顔を出した陽射しが応える。
松の木陰で陽射しを避ける間、草の中にも広げたシートの上にも沢山のアリ。伊勢辻ピークの潅木の間を縫って、単独男性が遣ってくる。正面の薊岳は薄曇の中に聳え、背後に大峰の山々のシルエットが一際高い。アカゾレを下った辺りからネジキの花が凄い。幹を白い靄が覆っているように見え、樹下には絨毯のように、米粒ほどの精緻な花が散乱している。
大きな鹿が此方を見て逃げそうにない。こちらも鹿を見てやろう。そうした間に件の男性が追い越していった。鹿は何時までも逃げないので根負けした此方が去ることになった。ネジキの花の覆う縦走路を馬駈ケ辻へ、ネジキの花を啄ばむ沢山のガラの仲間、中には巣立ちしたばかりの雛もいる。彼らは花を口で咥えて抑えたあと花を落とす。それにしても沢山の花が地を覆う。
平坦な尾根を過ぎて下りに入ると木梶山ピークが見える。カヤトの原を抜けるときには、暑い空気が地を舐めるように吹いて苦しい。木梶ピークからは、小さなヒメシャラの尾根をひたすら下るだけ。地に落ちたヒメシャラの小さな花は、赤茶けてみすぼらしい。林道に降り立ち、濡れた路面に残る足跡を見ても、他に今日は居ないらしい。
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