何時来ても静かな上谷の集落、神社裏の林から、枝の折れる音が木魂する。木地師の守り神「久久能智神社」の前に止めた車の余熱が厳しい坂道を物語っている。くの字に折れ曲がる道の傍に、沢やさんのものであろうと思われる2台の車が止っていた。沢沿いの道を進み、尾根に上がるとショートカットも可能なことを考えると、沢やさんばかりとも云えない。
歩き出して直ぐ、狭い集落を離れて歩きにくい割れ石ゴロゴロの道は杉林を直登する。僅かに右往左往した苦悶の痕跡が残ってはいるが、効果の程は疑わしい。風のない林の斜面を黙々と登ると、やや左に振り始めてやっと大迫の神社の屋根が見え始める。額から落ちる汗は最高潮、柏木出合いのお地蔵様がそろそろ慕わしくなる。
風が戻っていくらか楽になるなか、やっと柏木出合いである。ザックを降ろして休息体制、抜ける風が気持ち良い。床机でもあったら昼寝さえできる心地よさである。このルート最大の苦役を終えたのだから、かなりやった気になる。尾根に上がると、近頃更に良く踏まれた道を、多少の登り勾配にめげることなく歩き続け「天竺平」に着く。茶店の一つでもあって貰いたいくらいの雰囲気がある。
残念ながら「天竺平」の標識は壊れて無残であるが、間伐された杉の木の御蔭で、陽射しも漏れるし、幾分明るくなったのは喜ばしい。岩角を掴んで進むと道は尾根を避けて歩きやすい山腹に続いている。杉林の中で一際目を引くのはカシワバアジサイ?、幹が白く林床を殆ど覆っている。
変わり映えのしない林の道で、待たれるのはハクウンボクの緑である。道が尾根に上がるところに生えていて、そこからは大峰の稜線が見え勝負塚山が正面に見える。やっと抜けた長いトンネル、といったところである。尾根にでると些か雲が多い、東の空は何事もないような落ち着いた青空が広がっている、が西の空には黒い雲も混じる曇り空。今日一日はもって欲しいところだ。
軽快な林の中を歩きながら、苔の少ないことが気になった。そういえば近頃雨が少ない。この先の谷川で頭から水を被る予定でいる。飲み水も少しは補充したい。第2の難関、くの字を描いて急坂を上ると石積の道がある。これを越えるとやっと水の流れる谷に出た、がまるで静まり返って水音がない。まさか真夏でもなければ枯れるようなことは殆ど無いのだ。
遭難碑を越え、川の流れる台地を見ても、元気なバイケイソウの他に何処にも水気がない。覗きの近くで細い流れを見たが、とても飲めるものでは無い、有機物の一杯溜まった水では顔を洗う程度が精一杯。残った水は大事にしなければ。覗きからの眺望は流石に良い。和佐又ヒュッテは何時でも陽だまりの中にある。大普賢岳はまた光がたりない。
樹林の中のシロヤシオの花は僅かに見られるだけ、ところが崖っぷちのシロヤシオには結構花が多い、何故だろう。林の中に、真っ白なシロヤシオが一本だけある。今にも踊りだしそうなくらい、とにかく花をつけている。覗きから、ミヤコ笹を踏んで尾根に登った。シロヤシオはどこも、チラホラ咲き程度である。
ルートに戻り、道傍の枕のような苔を訪ねたが、どれもこれも縮んでしまって見る影もない。阿弥陀ガ森の女人結界門の前で考えた。大普賢岳まで行けば往復2時間、そしてくたくたになる。傍には蕗に似たカニコウモリの群落がある、北側にミヤコザサ、南側には芝の生えた明るい森がある。今日はここまでとして、ピーク辺りを散策。林床には1年目〜10年目くらいのブナの苗木。
多くは鹿に小さな枝を食べられて、苦心した挙句、小さな枝に小さな葉を沢山出している。太い倒木の周辺に芽吹いた運の良い苗木は大きく育つものもあるだろう。綺麗な尾根を、下ってみたいような衝動があるのだが、次回はここから登ってこよう。雲はいよいよ広がって、ヒュッテの上空も例外ではない。
下りに入り、同じ装備、同じザックを背負った若い五人組とすれ違った。今日は伯母谷泊まりだそうである。
|