■ 病床にて 廃村考 
・・・・2010年06月06日
2010.6.8

長く風邪で寝付くこともなかったのに、どうした弾みか酷く風邪をこじらせてしまった。熱に多少犯されながら、とある廃村の光景が目に浮かぶ。

廃村というと誰も似たような感懐を抱くらしい。悲哀と悲惨の入り混じった、しかし妙に甘美なせつなさといった思い出に似ている。

そもそも民族の血に記憶されたものであるのか、少なくとも個人的な記憶を越えている。

未明から降り出した雨がいよいよ本降りに変わり、谷川の流れも濁流に変わる頃、思い切ってテントを撤収、ちょうどカッパを持たなかったので忽ち頭から爪先までずぶ濡れで、麓に辿りついた時には寒さで震えんばかり。

飛び込んだ古い山小屋では、ちょうど来合わせたばかりの管理人に親切にしていただき、ストーブなども焚いていただいた御蔭で、一時間もするとどうやら落ち着いてきた。

管理人からは色々なお話をお聞きしたのだが、とりわけ、川の更に奥にある狭小な廃村の話が出たおりには「あそこは気持ちが悪い」、と語尾をごまかすように言葉を詰まらせたのを覚えている。

まさか物の怪に怯えるほどの年齢でもなく、ヤマビルを畏れての言葉でも無い事は明らかであったのだが、「何がですか?」との問いには答えて頂けなかった。

峠を越え、眼下に、遥か下方に集落があるという古い山道を下り杉林の曲折を下って着いたところが明るく広い河原である。谷川には豊かで澄明な水がきらきら流れていた。

傍には新しい小屋と、ときには使われることもあるらしい廃屋があり、木だけで作られた便所などは寧ろ懐かしいものであった。

周辺を見渡すと、完全に破綻した廃屋が数件、これは確かに悲惨であった。谷川を隔てた彼方には、濁流が綺麗に押し流したのか割合整然とした建物跡が数軒分、これだけでは変哲も無い廃村に過ぎない。

そしてその先に、古色を帯びた石畳の上に社があった。と、社を見たとき、あの老管理人の云うことが幾らかは理解できたように思ったのである。社は新しく、けして滅びてはいない。

ここに住民のいない、霊魂だけが居残った集落があったのだ。滅びるを潔よしとしない、古い霊魂に守られた廃村。

峠まで戻り、振り向いて改めて見た集落あたりは、深い谷底にあってみることは出来ない。深い谷に蓋をするように掛かった白っぽい霧のようなものは、僅かに渦を巻いて蟠っていた。爾来、ここを訪れる度に、それは古い霊魂のように見えるのである。


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