茶畑への道を、一台の軽が上り詰めて消えていった。乾いた道をテクテク歩くのは他でもない、バーストさせたばかりで、出来るだけ歩くのが結局後悔が残らないことを知っている。茶畑には一部桃の木や、栽培を放棄されたとしか見えない一画があり、当地の名産品へ、とスローガンを掲げた看板とは裏腹に、耕作を放棄した田と云い、衰微する一方の農村の事情が伺える。
先ほどの車は長大な堰堤の上に止めてあり、そっから先は進入禁止のロープがある。鮮やかな岩肌を見せながら存在感を示すのは鬼ガ牙のピークである。昨日、ことのついでに行って見たばかりで、ピーク下に流れる小さな谷川の水は旨かった。林道横に、真っ白い花を付けている潅木はウワミズザクラだと思う。
林道終点から少し歩くと白谷コースと南尾根コースに分かれる。白谷コースからの仙ガ岳は一度覚えがあるので、今日は南尾根を歩く。暫くは照葉樹の谷底を、川と一緒に登っていく。谷川を行きつ戻りつ高度を稼ぐのだが、厳しい斜度はまるでない。いつか厳しくなるだろうと覚悟はしていたが、水が枯れると同時に急な斜面が尾根まで駆け上がり、先行者の背中が少しだけ見え、直後に尾根に吸い込まれて見えなくなった。
両側は岩の露出した狭い崩壊地で、尾根したから続いているのである。慎重にくの字を書きながら尾根近くまで登ると話し声がする。尾根に上がって直ぐのところに不動明王への分れがある。岩の上に鎮座して、随分長く話し込んでいる。何時までも待つのはいやだし知らない人が一人加わるのも申し訳ないので、先に進んで、岩の間から垂れる補助ロープを掴んだ。
2回ほどロープを手繰ると岩の上に出る。しかし良く見ると、右手の斜面を登ってきてもなんら不都合はないようだ。木もあるし斜度も緩い。陽射しを遮る影の少ない中、何度かアップダウンを繰り返し、そのたびに、広がりを伴う光景が、いや増すように感じられる。岩のピークからみた御所平はまだ茶色一色である、曲線を描いて下るその先に、霞む伊勢湾がある。
何度か歩いた支尾根のピーク、仙鶏尾根に続く植林の濃い緑を纏った野登山、野登山の茶屋ははや、かやとの中で相当に荒廃したようにも見える。背の低い落葉樹の林床に、ときおりピンクの花びらが散らばっている。枝先に注意をしても、どこにもピンクの花は見つからないのだ。
左手は急峻な斜面が多く、屹立する白い岩場が目を奪う。右手はいくらか背の高い林の続く緩い斜面である。ピークとピークの間には昼寝でもしたいような平地があって、少し葉が茂ると小休止には最適なところである。最後に、あの岩場を登るのかな、と思わせておいて道は右側を抜け、あれと思う間もなく仙ノ石前に着いてしまった。
仙鶏尾根を見下ろしながらエネルギーを補給、南尾根に出てから丁度真ん中辺りの岩の上に、女性の佇む姿があって、詳細は分かりかねるが、萌黄色のすそを持った白いピークに突き出した姿は、絵になる光景だと思った。東峰に移動する途中、まだ花を付けたアカヤシオが残っていた。賑やかだろうと思った山頂に、人の影は皆無、静かなピークである。
帰りの白谷コースは、随分崩壊が進んでいるなかにも、立派な遺構があったりして、御所谷あたりからの抜け道として利用したのかもしれない嘗ての名残を感じさせる。それにしても、高野聖だけでなくても、魑魅魍魎の跋扈する山野幽谷を庶民は生活していたのだから、頭が下がるばかりである。
|