この時期の段ヶ峰に山ビルがいた事は無い。狭い登山口に並ぶ7台の車はその証左で、山ビルなどと云う禍々しい言葉すら忘れていた。柔らかい葉叢の先から届く賑やかな女性の囁きは、やや低い気温の中の急登を忘れさせる。木漏れ日のコナラの林を過ぎると明るい尾根に出る。日焼けの心配さえ必要な強力な日差し、だが木陰を抜ける風は冷たい。こうした気象下では、心細い体力でも十分対応ができるし、近くの梢で鳴くツツドリの様子を伺う余裕さえある。
枯れた茅を銜えたシジュウガラがこちらを見上げて動かない。足を下ろせば踏みそうな位置である。巣立ち雛にはまだ早いし、近くの小枝に飛び移っり、暫く、何やら話かけるような仕草で飛び跳ねていた。まさに、長閑な萌え出ずる春の点景であった。汗ばんでくる頃には達磨ヶ峰の肩に乗った。至極順調、これから先の草地歩きに備え、ズボンの裾を伸ばすべく石の上に腰掛けて見た裾の異物。これは何じゃ?、かなり大きい濃い茶色で、微妙に蠢くそれは、、、見まごう事無き山ビルであった。
適切な処置を完了。既に山ビルの生息域は抜けているとは云え、気温によっては血を見る事態もあり得た事だ。暢気な歩きはここで終了、草葉の影・枯葉の影が気になるのだ。早出の方々の降ってくる時刻、彼らの顔に山ビルへの畏れは微塵も無い。今日の陽気を損なう積りも無い。考えてみれば、この災いは特定の個人にのみ起こり得た事象かもしれず、だとすると、この災いを祓うご祈祷こそが必要なのだ。
そんな思いをよそに、降ったり登ったりの尾根が続き、気が付けば、何と清々しい気持の良い道であることか。今年に限り、若葉の様子が殊に美しいのは何故だろう。山ビルに勝る美しい景色のもとは、今日の冷え込みかも知れない。ここらの葉は今やっと膨らみ始めたものも多い。ではあるが、最低鞍部からの登り返しはやはり辛い。
杉の人工林を過ぎ灌木の林が見えるとフトウガ峰、天空に拓けた大庭園である。ここに来て、山ビルの影は綺麗に消えた。広い山頂の大岩の影で、早々とお昼を拡げる方々がある。風をまともに受けると寒い。大岩は点景と同時に必須アイテム。三角点では男性ばかりのパーティーの昼食タイム。広大な景観を前にしたお昼はさぞ美味しかろう。目指す段ヶ峰まで続く淡色の尾根、遮るものは谷の上の空間だけである。
少なかった人影は、段ヶ峰に到着した頃から増えだした。段ヶ峰旧三角点?でエネルギー補給、風を適度に遮る灌木があって過しやすい。気温はここで11℃、空気が澄んで、遠望がとても良い。北から、大きくてなだらかな肩を見せる氷ノ山、鋭角なピークは三室山か、背後の一際高い山影は伯耆大山だと思う。さて、景色の良い山頂でも長居をすると後工程が遅くなる。千町峠に降り、長々と続く林道を歩いて帰るコースは2時間を超え、綺麗な景色に見とれていると3時間は必要だ。
峠に降り、駐車車両の数に驚きながら、人っ子一人見ないダート林道を歩く。枕状溶岩だと思っている大岩、氷河期の痕跡である岩塊流を見学しながら15時の帰還を16時に変更、見るものが多くて帰還したのは17時。オトコヨウゾメは初めて認識した。立派なジュウイチの鳴声も、今年初めて聞かせて貰った。
ヤマツツジ、ダイセンミツバツツジ、レンゲツツジ |