■ 京都西山・愛宕山
・・・・2026年05月02日
2026.5.4

先週は、縋る地蔵山・愛宕山を振り切って、長老さんへ行ってしまった。せめてもの罪滅ぼしで、今週は水尾から愛宕山を歩いてきた。これでご機嫌も戻ったのではないかと思っている。お山の神さまは女神様、嫌われてしまうと大いに困るのだ。樒ヶ原の駐車地の下は右京区樒ヶ原支部、眼下に拡がる日本百選の段々畑を前にして、地元の方々が騒がしい。道端に集う多数の人の傍には唸りをあげる農機具がある。車を止めて道に戻ると皆様は既に田圃の中。今年も無事に稲作シーズンを迎えられた。実に目出度い日である。

大銀杏の下の用水にも水が入り、水音は爽快、正に万象瑞色といったところだ。因みにこの水の源流域は地蔵山である。歩き始めたばかりでクリンソウの群落、タイミング良く咲き始めたところで、戻る頃にはもっと賑やかな様子を見る事になるだろう。府道下の、いつも四駆の止まる家に車が無い。生活の気配の消えた家がまた一つ。庭の花は色鮮やかに咲き誇る。

降ってくるジープ道を見て府道を南へ歩く。標高500まで登ったあとは水尾までの降りだ。水尾から登ると300近い高度を余計に登る事になり体には負担を強いる。ずっと傾斜地を登るコースは楽では無い。しかし今日はお詫び方々、別の興味も用意している。よろめきながら登って来られるサイクラーも、風切って降る頃の顔は別人だ。神明峠を過ぎたところで清和天皇に朝の挨拶。ご陵墓辺りの木々はいつもながら元気が良い。

水尾に入る辺りの景色が変わった。ゆずの木が全て、手の届く高さに整理された。なるほど、ここにも高齢化の様子が伺える変化があった。そもそも、持続可能などと戯けた単語を云いながら、持続可能な社会を簡単に壊したのは誰だろう。多世代家族が崩壊した後には夥しい数の空家だけが残る。新しいスタイルはどのようにして成っていくのか。水尾の小学校は看板だけが残っている。

集落の小道とはいえかなり厳しい。厳しい小道を彩るボタンは目の保養にはなった。登り詰めたところから愛宕山参道の始まり。別の興味があるからシャカリキに歩く必要はない。後続の方々が数名、けして早くはないのだがなお遅い歩みだ。興味も核心に入ったところで見上げる斜面の凄い事、下を望めば集落まで遮るものがない。これで興味はお終い、そろそろ表参道は近い筈。しかし表参道は遠くて、大いに疲れた。表参道に合流、旧ケーブル駅に別れてエネルギー補給。日差しの中は温かい。

補給の後は黒門までの競争である。いつの間にそんな事になっているから面白い。愛宕神社の境内は相変わらずの人気だ。ジープ道を少し歩き、京都を見下ろす辺りの石に腰掛け一服タイム。のんびり出来たひと時であった。首無し地蔵方面からの訪問者が数人ほどあった。ジープ道を降りだして人波は絶えた。樒ヶ原のクリンソウは期待の通りほぼ満開。今日の作業は終えたのか、水田の何処にも人影は無い。


CGI-design