太公望の姿が点在する狭い国道を抜け、無人の熊渡り駐車地に車を止めた。無論、他にも数台の車が既にある。山に登る時間としては、幾分遅い方であるから、夕まずめを待つ釣り師に声をかけられたのはやむおえないのだが、早朝のトンネル辺りは小雨であったなどとは有難からぬ情報であった。
歩き出した林道にも冷たい風が吹き、梢で囀る鳥もなく、若葉と呼べるほど成長した樹木もないなか、鶏冠尾山の大岸壁は、芽を出したばかりの緑とツツジの鮮やかな色彩の中で、威厳を回復しつつあった。
林道終点からは、山腹一杯を使った九十九折れの路を歩く。曲折を嫌がって急斜面を直登する短気な人もいるようだが、今日だけは間違ってもそんな根性はない。未だ随分硬いヤマシャクヤクの様子を尋ねながらの登りである。
谷川の流れが谷一杯に木霊してやや煩いほどであった。河合ルート出会いから、単独男性ばかり四人の下山者とであった。気温がそれほど高くないので、澄ましたような出会いであっただろう。流れる雲が少なく、日差しが多くなるころに頂仙岳の側面に出た。
高野辻の尾根に続いて、裸の斜面に貼りついた篠原集落が見えてきたとき、やっと大峰に来たように思う、この回廊を越すと大峰の雰囲気になる。ここから始まる光景が大峰だと思うのである。 実際、それまではブナの優勢な森があり、ここからは、突然、トウヒとシラビソ主体の森に代わるのである。
背の低いシラビソが大勢を占める高崎横手からの光景は、同じ庭園風でも落葉樹とは異なる。日裏山では立ち寄るところもあって、乾いた苔の上で暫く鳥の声を聞いた。恐らく、飛来したばかりだろうツツドリの鳴き声を聞いた。鳴き始めに、鶏に似たコッコッコッ、とやった後に本来の鳴き声をするのである、これは初めて聞いた。
日裏山にはツツドリが多い。全体に鳥が多く、ヒガラやシジュウガラも勿論多いのだが、他では珍しいツツドリの、鳴き声だけでなく飛ぶ姿、梢に止まる姿も確実に見ることができる。今回は つがいで梢を飛び回る姿も確認できた。
日裏山を下ってからのち明星まで、キビタキの多いこと。目の前に、その先に、足元に、といった具合である。冷たい風が吹くので、日差しの多い、風の少ない林の中では特にそうであったようだ。背負子を背負った男性が登ってきた、今晩は弥山小屋で泊まるとのこと。
その夜の寒さは冬と択ぶところが無いほど冷えた。翌朝には、弥山から明星の稜線に立ち並ぶ樹木の枝は、白く光っていたのである。
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