■ 台高・馬駈辻界隈
・・・・2010年04月18日
2010.4.19

あれほど吹き荒れた風も、夜明けと同時にどうやら落ち着いてきた。凍りついた林床にはまだ雪が残り、厳しい寒さの中、山域全体が霧に包まれ、白い霧を透かして、一面の青空が覗いていた。登ったばかりの太陽が、真っ白な球体となって、檜塚の上空あたりにぽっかり浮かんでいた。

小鳥の鳴き声はあたり一面に響き、氷と寒さを除けば、長閑な春の光景を思わせる。ところが、例年なら既に出ている筈の新芽もなく、羽虫どころか虫が殆どいないのだ。柳の花は、十分成長しない状態で林床に侘しく落ちていた。繰り返す寒気の来襲に、小鳥などは随分大変な事に違いないのだが、頭上の木で囀るシジュウカラには、そんな屈託がまるで無い。

一時間もすると霧が晴れ、春の陽光が、裸の山肌を暖め始めた。カヤトの上にも穏やかな時間が流れ、どうやら無事に夜を越えたらしい。静かな馬駈辻方面から鈴の音が響き渡り、暫くすると、単独の男性が一人、馬駈場方面に向かっていった。簡単な食事を済ませ、馬駈辻から国見山に至る稜線へ向かった。

茂る木の葉も、真っ白なエビの尻尾もない稜線は、どこまでも透明で、いくらか重みに欠ける。明神平方面からまたまた単独の男性が現れた、随分身軽な様子である。国見山の手前の広場で、10人ばかりがたむろしている、そのうちの男性二名が下ってきた、不敵な態度で通り過ぎていった、朝からあのような顔には遭いたくもない。

残った人達は、ここで小休止らしい。木屋谷川の周辺全てを一望できるところでおやつである。顔つきも穏やかで、陽差の中で子供らしい無邪気さに溢れている、こうでなくてはいけない。あまりに良いところだから、つい足がそちらに向いた。国見山北側から水無山まで横切る積りである。

随分伸びやかなところが開け、葉が茂りだすと、この感じは無くなってしまう。二つくらい尾根を越えると、谷川の下に本谷が見えたように思った。傍には、背の低いハシリドコロが花をつけたばかりで、ついうっかり誘われてしまったようでもあった。谷を本谷まで下降するつもりで下ったのだが、谷はいきなりかなり高度のある滝に変わった。

右に振って、降りやすいところを探しながら次第に高度を下げたのは良いが、斜度も同じように厳しくなる。おまけに地図がないので見える範囲で判断しないといけない。乾いてきたとはいえ、昨日は雪があったところで、足を下ろすと黒い表土が良く滑る。おまけに捕まる潅木の類も心細い事になった。

鹿の踏み跡も参考にはなるのだが、滑る斜面は、二足歩行で体重の重い人の方がやや不利である。ここなら、と思い定めた処を下降する裡に、見えてきた谷底には小滝がある。で、少し上り返してやや右側に振って、などと繰り返す間に、どうも身動きのとれない状況になった。あとは意を決して、降りるしかあるまい。

滑り落ちても死ぬようなことは無さそうだし、少し痛い思いと、泥まみれになるくらいだろうが、それも嫌だ。見下ろすと、どうやら長く伸びた木の根が、谷底の一番近いところまで伸びている。二股の木の間から身を乗り出し、腕よりも太い、クモの糸ならぬ木の根に捕まって谷底へ。服もザックも汚れていない。流れに沿って本谷まで少し歩き、記憶が蘇ると、なんだ、あまり下ってもいない。

本谷を徒渉しながら、ときに左斜面を巻きながら、奥山谷出会いに辿りついた。今日のものらしい踏み跡も残ってはいるが、登山道と云うにはちょっと考えてしまうルートである。林道に戻ったときは、あれほど晴れ渡った空一面にガスが掛かり、吹く風にも冷たいものがある。

二、三日暖かな日が続くなら、温まった大地から木の芽が一斉に芽吹くだろう。鳥や獣も楽になるだろう。つけた花を落としてしまった植物は如何だろう、新芽が凍り付いて死んでしまった木はどうなるのだろうか。楽しみが増えた。



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