鎌倉山は京都府と滋賀県県境にある。オグロ坂峠は京都府左京区久多から近江に抜ける古道だしするので、辺りを北山としても良いだろうと思う。寒さが緩み、夏タイヤでも問題なく走行できるので、久しぶりに朽木・坊村まで足を伸ばした。沿道の雪は殆ど融けてしまって、安曇川の流量はこの時期にしてはかなり多い。少年自然の家の広い駐車場には既にかなりの車がある。
用意に忙しい人も数人あって、そんな中、出町柳からのバスが着き、降りる人の大部分は明王院から武奈ガ岳方面に消えていく。すぐ後ろに付けたマイクロバスの20人ばかりも後ろに続く。用意の整ったすぐ傍の人も後に続く。はてはて武奈ガ岳は今日も賑やかなことである。
それに引き換え、誰もいなくなった駐車場から鎌倉山に向かう人は皆無である。僅かに残る硬く締まった雪の上にも、近頃の足跡はまるでない。こうまで寂しいとむしろ清々してしまった。上の林道まではかなりの勾配があり、朝日も射さない薄暗い林の中を、黙々と登るのである。安曇川を挟んだ向かいの山陰にもまだ人の姿は見えない。
林道から先には日差しがあって、凍った雪が煌めいて春らしい雰囲気である。「ブナ平」は、名前のようにブナがある様にも 見えない。林床の雪は樹木の周囲だけ融け、それでも50cm位はあるので、凍っていなかったら歩きにくいには違いない。薄暗い檜の植林帯を抜けると積雪は1m程になり、石楠花など尾根の潅木は大部分雪の下に埋まっているので、雪面を歩くには申し分のないコンディション。
申し分のないのは人だけに非ず、真新しい動物の足跡がウロウロウロウロ。たぬきかきつねかテンかリスか、うさぎだけは自信がある。走ったらしい弾みで、昨夜降った凍らない雪の上を随分滑った奴もいる。ツボ足で嵌らないのは、長靴を持たない動物には、相当喜ばしい事であるようだ。
鎌倉山の東側から自然林が続き、当然この時期は白一色で、今日の藍色の空に良く映える。振り返って見た真っ白な西南稜から武奈ガ岳はまた一段と麗しく、羨ましくもあるが、こちらはひとっこ一人いない静寂の山域を独占しているのだ。北を望めば、下には雪に埋もれた久多の里が、目を上げれば芦生辺りの国境尾根から、ひときわ高い三国岳が雪を頂き、いつに無く静かなたたずまい。水平な広場の鎌倉山山頂、鎌倉山は「神の御鞍」からの転化だろうか。
それにしても人工的な感じのする山頂である。山城にしては高すぎるので、人口だとしたら民衆に身近な行事か何か。南西に向かい、柔らかな尾根がうねうねと峰床山あたりまで続く。北側は久多に向かってかなりの勾配があるが、南側は50mほどの瘤が続き、比良の白滝山の周囲と良く似た地形である。空はあくまで青く地表はあくまで白く、とは尾根芯には適用できない。北からの風で、尾根の北側には雪は殆ど無い。尾根芯から下には凍りついた雪があって、登山靴が食い込まない危険な状態である。
一旦滑ると木にでもぶつかって停まる他にない。南側は風も無く強烈な日差しで表面の雪も柔らかい。誰も踏まない雪面を歩くのは気持ちがいい。雪解け水を集めた谷源頭のせせらぎを聴きながらラーメン。コーヒーと洋菓子を食べて腹が張った。敷物があるとはいえ、尻だけは流石に冷たい。食後はオグロ坂峠まで歩いた。小高い瘤を幾つも越えて、はるばるやってきた八丁平あたり、オグロ坂峠はどこにある。
落葉樹の林が尽き、南に杉の植林帯が出てくると久多の町も随分東に去ってしまう。峰床山は直ぐ目の前にあり、こんなに歩く筈はない。にもかかわらず見覚えのある峠がない。小さな峠でも見落としてしまうとは情けない。八丁平から中村乗越経由の下山で周回コースになる筈のところ、峠の痕跡を訪ねてみても、皆目雪の下である。
とぼとぼ帰る鎌倉山への尾根コース、小さな瘤が身体に応える。瘤を避け、危険な北側斜面を巻くコース。後で膝が随分痛かった。漸く戻った鎌倉山、動物の代わりに一つだけ増えた長靴の踏み跡。随分あちこち歩き回り、下山道には痕跡がない。どこへ消えたのか一寸不思議であった。
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