雨ほどは、雪ほどは降らないまでも気温は4度、悄然とした冬枯れの河迫川が静かに流れる。道脇には所々に車があり、川面には太公望の姿がちらほらある。川面では相当に寒かろうが、この時期になにが釣れるのやら。錆びの入ったトラウトでは可哀想である。昔はこうした非道に走った時期もあったのだが、改心した今日では懺悔の日々を送っているのだ。
熊渡りの駐車地には空きがなかった。釣りの客が半分でも、この時期にご苦労な事。橋の袂に寄せて、一台分のスペースを確保した。
全山葉を落としたトサカ尾山は寂しかった。夏には自慢の大きな岩壁が、一面の緑の中に誇らかに見えてくる筈であった。今日はまた随分貧しい光景である。先行者の靴跡は、林道終点で消えていた。とすれば、冷たい川風も、冷え切った鉄の梯子もものともしない逞しい人である。根性のないものには到底なしえない業であって、当然の如くカナビキ尾根を選ぶのである。
熱がこもらないだけこの時期は楽である。滲む汗も少なく、停まりがちな歩みも今日はまずまず快調である。川合からの尾根が近づくに従い気温が下がってきた。尾根から先は霧の中、当然あたりは霧氷が綺麗な林となる。それ程の雨ではなかったようで、尾根手前の急斜面のトラバースも、かなり楽に歩くことができた。荘厳なほどの樹林の林も、落葉したあとには迫力がない。
1500m尾根からはっきりした登山道が続く。落葉したブナの枝先、青々とした針葉樹の葉先には、真っ白な霧氷が付着して可愛い。頂仙岳を巻くあたりから、すっかり真っ白な世界に変わった。南からの微風が冷たい。大風が吹かないだけ有難い。地面に残る水という水は、全て凍って小さな柱になって顔を出していた。
高崎横手からの背の低いシラビソの林には霧氷がない。強い風がないので、ここまでは凍らないようである。日裏山のピークあたりも、風こそはないものの、30分もじっとしていると手が動かなくなった。小鳥の鳴き声も気配もまばらでしかない。日裏山から明星ガ岳へ続く、シラビソ・トウヒ、メイゲツカエデ、苔の作る美しい道にも踏み跡は全くない。
1800mを越える辺りの樹木は、重そうな真っ白な氷を纏っていた。樹下には落ちた氷が堆積し、かなりの量になっている。かたく締まっているので、これ以上増えるとアイゼンがないと滑りそうだ。八剣谷はホワイトアウト、近畿の最高峰の描写は、今日はまったく不能であった。七面山上空辺りに見えた太陽の翳も見えなくなった。
とたんに気温が下がり始め−4度である。更に風も増してきたので、ここは急いで下る方が良い。冷気が後ろから追いかけてくる、がしかし急いで木の根や岩の上などに足を置くと、これがツルツルで危ない。1500まで下降して初めて寒さを振り切った様な次第であった。
といっても残り1000m余り、ぼちぼち下るカナビキ尾根は長い。西向いの尾根なら1時間ほどは節約できるだろうが、膝に気を使うような状態では、こちらの方が安心でよい。16時半に帰ってきた熊渡りの駐車地に、他に車はなかった。冬至にはまだなので、これ以上も明るい時間が少なくなると、時間調整が難しい。
|