■ 越美山地・夜叉ヶ池
・・・・2020年07月23日
2020.7.26

広野ダムでトイレをお借りし、少し走るとダート道、谷の右岸に廃墟の様な家が数棟、小糠雨がシトシト、昼なお暗い雨の中、登山口の大カツラは、いわく有り気な影を落とす。谷水は流石に多く、轟々と流れ落ちる様は龍神伝説に相応しい。が、夜叉姫伝説は美濃のお話で、しかし龍神ほどの影響力を考えれば、僅かに県境を超えたばかりで消失する筈はない。

登山口は「夜叉龍神社」の鳥居を跨ぐところから始まり、橋を渡ると途は左へ別れ、右へは何故か、立入禁止である。絶えず降る雨の中、深い霧に埋まる谷底から見えるものと云えば、次第に遠くなる谷底ばかり。途の周囲を覆うヤマアジサイ、既に花季は過ぎたところで色褪せたものが多い。その中に、楚々とした花を咲かせるクサアジサイ、薄暗い山路の道しるべだ。緩やかな山腹の途を歩くとガマに出合う。ここのガマは大人しくない、触れば突進してくるほどの敵愾心を見せる。夜叉姫に、姿を変えられた里人の、鬱積した心もちのなせるところか。

沢に掛けられた細い木の橋、長引く雨でヌルヌル、克く滑る。幸い、谷川の水嵩も少なく、浅いところを歩いて渡り、帰りはどうなるだろう。次の橋も同じく浅瀬を渡り、険しい山腹に続く踏み跡の先に、巨大なトチノキが見下ろしている。いつまでも緩やかな途では、池は到底行けるところでは無い。先の見えない、薄暗い、高みを目指す険しい途に代わり、時には風などが吹くようになって、樹林の途は雫が凄い。

谷を離れると見えるものは目の前の樹木だけ、うろ覚えの地図の地形も念頭から消え、誘われる如く、導かれる如くにただただ登る。急斜面は一向に緩む気配が無い。谷の右手から盛んな水音が聞こえてくる。打ち続く雨を集めた滝の音らしい、が辺りはまるで霧の中、夜叉姫さんのたなごころのなか。

目の前の林の先が、白々と明るさを取り戻し、笹薮が出てくると溝状の途、直ぐに板道に代わって、風が収まり、あめが止んで、静かな水面が目の前に現れた。水面には、小さなオタマジャクシとイモリとゲンゴロウ、桟橋にはオニヤンマの抜け殻、鳥の声ひとつない静寂。やはり辺りは五里霧中、夜叉姫さんの掌の中である。

せめて消息ばかりと歩く木橋の先に、盛りを過ぎたシモツケソウ、と、岐阜県側の道から聞こえる人の声、姿を現したのは、ただ、お若い女性が2人、後続には、今風の言葉を操る男性がおそらく2人。静けさを破る言葉は相応しくない。エネルギーの補給も済んだところで、そろそろお邪魔と歩き出し、池の端に辿り着いたところで突然の風雨、福井県側は大雨であった。

大粒の雨に込められた思いは何であったか。増水した川は渡るに難く、滑る木橋に砂土を撒いての下山はまるで逃げるようで、大きなガマはプイと、飛んで行ってしまうし、しかし、目の前はやはり五里霧中。ときおり、肩口あたりの揺れる木の葉に立ち止まり、振り返って見る谷間の奥は、まるで知らない森であった。鳥居を潜って登山口に戻ると、地元の方か、鳥居を見上げて拝礼のあと、シャベル片手に橋を渡り、立入禁止の右手に進み、激しい水音の中に消えて行った。


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