赤和瀬集落最上流の家の前は三叉路になって広い。登山口の標識は、家の左脇から登る道の前に立ち、伯州山に登るなら、甚だ都合の良い駐車地だ。これより先に家は無し、三叉路のもう一方は谷向こうの畑地に向い、通り掛りの車も無いとすれば、ここに止めても迷惑をお掛けする様な事もあるまい。出来るだけ端に止め、さて集落を見渡すに、事前の予想に反して、とても明るく空の広いところであった。
前の家の様子はと見ると、庭の出入り口にはロープが張られ、ひっそりとして人の気配が無い。さて用意を、と車に戻ったところで注意書きの看板が目に飛び込んだ。「バスの転回場に付き駐車禁止」、え〜、これでは止める訳にもいかず、今見た登山道は舗装路面、上の方の駐車地を期待して、狭い登山道を登ってみた。舗装は直ぐに終わり、ダートになった道はまずまず、と思っているところで真ん中の岩はかなり大きい。水の流れた跡はやや荒れ気味で、この先更に酷くなっては走行もままならなくなる。
車の長さ程の道幅を確認して何とかターン。さてもう一方の道は?、最上流の家から先の路面に、近頃のタイヤ痕は愚か、夏草と落葉枯れ枝が覆うこころ細い道であった。こちらから歩いて周回する事も可能な舗装路であるから、よもや、と、谷川に沿った曲がり角の先に、小さい駐車可能地が確保されていた。伯州山は、花の山といってもイワウチワが主なお目当て、未だ残雪の残る頃がシーズンである。その頃を過ぎれば、訪れる人が疎らである事は容易に理解できる。
道端の夏草には、ミズヒキ・ツリフネソウ等に混じりギボウシが咲き、近頃は珍しいツチアケビなどもあったりして、ひょっとするとお山は花盛り?、かもしれない。ここまで来たのなら、ちょっと厳しいと云う「本谷コース」から周回しよう。台風の影響で激しい山鳴りを他所に、谷川に沿って登るだけの道はいつ果てるとも知れず、いつの間にやら植林地の中を歩く様になり、期待もまた萎んでくる。
道が消えるところから左の尾根に向かう階段道、僅かなハイカー向けに、よくもこれだけ整備出来たものだ。植林の杉とミズナラの混じる道に時折陽射しが戻ると、木々は大風に揺らぎ轟々と鳴る。熊対策に付けたスズの音では、強風に流されて熊までは届かない。時々ホイッスルを吹きながら、ほぼブナの純林の中、振り返って見る山々は輝いていた。やや厳しい斜面に差し掛かり、林床をすっかりチシマザサが覆う様になったところで熊の足跡、熊にもこの斜面は応えるようで、新しい鋭い爪跡を残していた。
尾根は強風の通り道、ところどころに作られた、笹を刈った展望所からの光景は皆輝いていた。台風の影響は強風と煌きのました光線、太陽の軌道が南に傾いたお陰で赤みが多い。艷やかな朱色に染まるオオカメノキの実が美しい。見渡せば、一旦降り、登り返した先の西のピークが目指す伯州山らしい。見た目には立派な避難小屋が見えてきた。近くで見ると相当傷んではいる。なによりも、谷間から小屋前を抜けピークに向って伸びるキャタピラーの跡には驚いた。
人形峠から伯州山まで延びる「高清水高原遊歩道」が、今年の11月頃に完成するだろう事は聞いてもいた。実際に目にするのと話ではまるで違う、凄い事を遣る。中国山地の文字通り真ん中に出来る遊歩道とは、熊でなくても驚きだろう。樹林の中に続く踏み跡を辿って小広いピークに着いた。山名プレートは「伯州山」、辺りに花の姿は無く、延々と続く黒い帯、山頂を抜ける風は物凄く、立っているのがやっとである。
そんな山頂から見える日本海に、ぼんやり見えるのは島根半島と隠岐の島、単眼鏡を持つ手さえ、容易に固定出来ない程の強風であった。山頂を降り小屋前まで戻ってさて道は?、一本は紛う方なきキャタピラー、尾根芯に薄い踏み跡が続く。が、先は藪気味で、どうも登山道ではない様子、とすれば登山道は重機に呑まれたろうか?。
そう判断して、面白く無いキャタピラー道の続く谷芯を降った。不思議なのは道脇にイワウチワが全くない事、いったい何処にいったのやら。その疑問は、登山口まで降りて来て判明した。ブナの覆う尾根を目指す階段道が2ルート、近頃の踏み跡も無くひっそりと、イワウチワの山腹に続いていた。これでは些かも無しで終わる事になる、ここは大衆に阿る事も敢えて辞せず、観光地ではあるが近くの「岩井滝」を見に行こう、岩井滝は裏見の滝で有名らしい。
流石に観光地、駐車場・遊歩道ともに整備されたところであった、が肝心の滝はスケールがやや小さい。なる程飛沫の内側に周り込んで、落下する水の写真などを撮影することも出来る。同じく裏見の滝なら、隠岐の島町の檀鏡の滝は、滝・寺社何れのスケールにおいても優れていて、水の落ちる谷川には山椒魚も棲む景勝地である。次いでに推薦しておきたい。 |