■ 若狭・頭巾山
・・・・2019年04月20日
2019.4.20

野鹿渓谷入口から右に降りた橋の前の駐車地に車を止め、外に出てみるとひんやり、東に開けた空に雲ひとつ無く、半分だけ陽のあたる橋の上は温かい。色褪せた渓谷の道や看板、葉を出し始めた樹木や巖に至るまで、あと少しすると生気が戻る。用意の間に現れたのは、ハイキング姿のお爺さんとお婆さん、合わせたように飛びだしたのは、キジかヤマドリか?、キジ、と呟くと同時に「ヤマドリに間違いない」とお爺さんも呟く。お婆さんは川に面した土手の草花を見ている。

彼らを残して歩き出した道横の緑の崖に、色鮮やかなイカリソウ。鹿の手の、否、首の届かない辺りの岩場には、芽吹いたばかりの植物に混じって、赤や青や白い花が開いている。野鹿滝は言わずもがな、苔むす谷の流れの側は、ときに小さな滝となって、動物の侵入し難い領域ができる。そんなところにニリンソウの小群落ができ、野生のワサビの花が咲く。澄明な空気と明るい陽射しの中で、それらは全て美しい。

林道を2キロほども歩くと登山口に到着、入れ替わりに、ワンボックスに乗った単独男性が降って行かれた。大きくはなくても、割れ岩の転がる林道である。さぞや肝を冷やした事であろう。登山口から見上げた山脈は、出始めた黄緑色に染まる辺りと裸の枝の色、加えて白と薄いピンク色が散在している。白はコブシでピンクはヤマザクラ、西日本ではコブシではなくタムシバが正しいと言う。3月中頃から咲き始めるとばかり思っていたタムシバは、今満開を迎えている。

タムシバの咲き始めが遅いと農業収穫が良くない年になるとか。近年に至ってなお同様の観察が該当するのかどうか、少なくとも民間伝承は気象庁より遥かに長い歴史がある。伏流の川を渡ると急斜面に途が続く。脆い急斜面の土の上のあちこちに咲く、5弁の白い花を伸びやかに開いたカタバミには驚いた。これ程も美しい個体は嘗て見ない。考えてみると、カタバミが咲く辺りは陽射しが多くなく、陽射しが出るまで待ってみたこともなかった。ここは杉の植林地とはいえ、急角度の林床は明るく陽射しも多い。

緩い尾根から急角度の細尾根に移るとピンクの色も鮮やかなイワウチワが多くなる。不思議な事に、ほぼ全ての個体が西を向いて項垂れ、些か元気もないように見える。更に登って大岩の東側に出ると始めて、元気で素直に上を向いた群落が出てきた。あれは一体何があった?、谷底には未だ陽射しを反射する残雪のある日である。山頂の手前で、咲き始めたばかりのシャクナゲが2株、辺りのブナの根元に咲くイワウチワにも元気があった。

澄んだ大気と雲ひとつない快晴の空の下、山頂からは雪を戴く白山、恐らく大峰辺りだと思われる山脈、日本海に浮かぶ島々などが見渡せる。電波塔の立つ長老ヶ岳は歩ける程の距離しかない。山頂での長めの休息は、体が冷えるので滅多にやらない。今日は濡れた衣服が乾いても、寒さどころか程良い温かさで、が何もかも温かくなった訳ではなかった。陽射しのない辺りの風は、未だ冷たい。南中を過ぎた山中にも、下界ほどではないにせよ、陽光の予熱が感じられる。谷の残雪も長くはあるまい。そんな陽射しを浴びた西側の山腹の至るところが銀色に輝いて、よく見ればタムシバだ。タムシバの白は、陽光が射すとき銀色に輝くための白、で有ることを理解した。白い花はけして質素ではない、金属的な、黄金色に輝くフクジュソウと同じ、巧みな戦略の結果で有ることを、遅ればせながら、やっと理解した。



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