■ 岡山・若杉天然林
・・・・2019年02月09日
2019.2.11

大茅スキー場には専用の駐車場が無い。まるでないのかお客が少なくて必要が無いのか、そこのところは分から無い。なにしろ肝心の雪は天の恵みが頼みだから、今年の様な暖冬では致し方もあるまい。誰の姿も見ないゲレンデに、それでもリフトばかりは動いて、スキー場入口を入ったばかりの雪面で、小さな子供達が数人、ソリ遊び等に興じている。裏方である地元の方の軽トラが数台、こんな状況にも拘らず、案外に和やかな方達であった。

スキー場のゲレンデの尽きるところに雪の壁がある、それより先の除雪は無い。踏み跡ばかりは続いているものの、やや硬めの積雪は脚を載せると脆く崩れる。雪の道路を暫く歩くと赤く色付いた雪があった。鼻血の様に黒くは無いから血ではあるまい、見回すと、雪の上を矩形に描く様に描かれていて、崩れてはいるものの、衝立状の造形もあったらしい。どうやらこれは、陣取りゲームの様な事が行われた痕跡のようだ。

これを過ぎると途端に踏み跡が減った。人のものは減って、代わって獣の足跡はバラエティーに富んでいる。狸、テン、狐、リス、ネズミ、ウサギと随分と面白い。先ほどから降り出した小雪を考慮すると、足跡は随分新しいものだ。雪の着かない踏み跡を見付けて、そこら辺りを丹念に探っても見つけられない。今更ながら、彼らの忍術には舌を巻く。川端の杉の木の虚から続くネズミの足跡、これは長い尻尾が後ろに痕跡を残すので方向が一目瞭然、道路を越えた灌木の根元に出来た雪穴に続いている。雪穴の中はけっこう深く、ネズミの姿どころかまるで様子が見えて来ない。積雪はこの辺りで80センチほどだから無理も無いのだ。

そんな中でも、一際気になるトレースを残す奴がいる。ただ道路を横切ったり、ちょっと出てきたりしたものでは無く、ずっと同じ調子で歩いている。時に寄り道をした後も、もとに復したトレースに狂いは無い。少し先の、雪の間に頭でも見えて来そうなものだが、粉雪の降り頻る先には雪道だけが続いている。彼の足跡は、ガードレールも埋まる千種方向の道路に続いていた。こちらは若杉原生林に行きたいので、少し先まで歩いて覗いて見ても、雪上の足跡だけが残っていた。

若杉原生林の積雪はいよいよ多く、休息舎の屋根の雪は入るのを躊躇させるほどだ。雪上歩きはエネルギーを消耗する。雪の無い休息舎で行動食を戴いて、原生林に入ると夏道の痕跡は愚か、斜面を横切ろうものなら雪崩を誘発しそうな状況だ。雪のしたは笹であるから、僅かな刺激で雪崩ないとも限らない。

若杉峠を諦めて、思い起こせば、スキー場の方との立ち話で、千種辺りまで行くような事を云ったのだ。少々でも痕跡を残さなければこの際納まりが悪い。歩き始めると例の動物の足跡は明瞭に残っている。雪の降る中で風もあるから足跡がはっきり残っている訳では無い、彼の意思が明瞭なのである。ほぼ一定の調子で続く彼の足跡は、ときには埋まるガードレールの上にあり、曲折する道路をほぼ最短距離で登っている。

このような知的な、カーブの外側から次のカーブの内側まで直線で結ぶ様な辿り方を、野生の動物が容易になし得る事に驚くと同時に、どんな奴なのか知りたくなった。足跡だけから判断すれば狸だとしか思え無い、が狸に幾何学的思考が可能だろうか、大きく蛇行した見透視の可能な場所などは、道を外して直線で登っている。その足跡を見ていると、小動物である事を超えた、ひたむきさに出逢う。寧ろ足跡だけである事が、より一層そう思わせるらしい。彼の足跡を追い掛けてとうとう峠付近まで歩いた。もう少し歩けば峰越峠に至る辺り、彼の足跡はダルガ峰林道に続いていた。

彼の足跡の追跡はここで断念したものの、会ってみたいこころ持ちが残る。西粟倉村の吉野川流域から、雪深いダルガ峰界隈に引越しする訳を聞いてみたい。あるいは人の多かろう事を期待して、千種のスキー場に移動しただけかも知れない。余りに客の少ない大茅スキー場を捨てたのかも知れない。そうした事を飲み込んで、帰路の雪は激しさを増した。


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