■ 中国山地・富栄山
・・・・2018年09月23日
2018.9.24

岡山と鳥取の県境近く、中国山地の主稜線を僅かに離れた辺りに、1200を超える山域があり、冨栄山(ふえいざん)と云う、豪気な名前の山があった。由来を調べたところ、応募により命名された山名らしく、肩を挟んで尾根南側には大空山、北側に乗幸山、北側から登ると幸に出逢い、冨栄えたのち大空に出逢う、と順当な幸福が約束される、かも知れない。

今日のところは中央の冨栄山、序章を省いた結果、山ノ神の不興をかい、到底幸福などには成れない事もあり得る。が、のとろ温泉を過ぎた舗装路の終点には、冨栄山の登山口しか用意されていないのだ。北から順を追って、正しく登りたいのだが登山口が不明。幸せへの登山口はやはり、山のあなたの空遠く、が古今東西の常識である。

夏草の茂る、周辺の草むらから出てきた日向ぼっこの蛇が2〜3匹、登山の車じゃ、まかり通るぞ!、とばかりに追い立てられて、急いで逃げるダートの駐車地はそれほども広く無い。ともかくも駐車場を用意して頂けた事には感謝はしよう。が樹林に囲まれジメジメして、車から降りると藪蚊の出迎えのある様な場所では寛ぐ暇が無い。

先行する、2台の車の主は既に山、後を追いかけいきなりの階段、植林帯の山道の両側には松の木が残され、食に向くかどうだか不明なキノコがボツボツ、最低気温が15℃を下回れば主様のお姿もあり得よう。で、キョロキョロ登る、雨上がりの登山道は暑かった、風が無いことが辛い。尾根まで登ったあと一旦谷に下降する。大きな瀬音は谷中にヒビキ渡り、豊かな水量の沢であることは云うまでもない。

沢には心細い1本の細い丸太、これを歩けば間違いなく水に親しむ事になる、それほどは暑くないのだ。上流側の浅瀬を渡ると、夏草に埋もれた古い林道に出逢った。登山道はこれを横切り次の尾根に向かっている。明るくなった空から時折差し込む陽光は暑い、が辿り着いた尾根を抜ける風は結構強く、濡れた身体を程よく冷却する。次に出てきたのはまるで衝立のような急斜面、お助けロープは降りで重宝するだろう。衝立のような急斜面が3つ出てきて、3つ目は随分長くて大汗になった。

急斜面が終わると山腹のトラバース、雰囲気は原生林で、巨大なブナ・ミズナラの林立するネマガリ竹の森に代わった。愈々、神さびた領域か?、と見上げた千島笹の林床辺り、聞こえてくる怪しい踏み音、熊鈴ほどは着けているものの効果のほどは不確かだ。登山道に残る動物の足跡は鹿のもの、それも新しい。しかし、落ち着きはらった様子は鹿らしくない。ゆっくり登る登山道に現れたのは、腰にキノコの袋をぶら下げた単独おばちゃんハイカーであった。

おばちゃんが一人で大丈夫なら、まず問題なかろう。そう思うことにして、再び斜度の出て来た山頂に続く道、太いブナの倒木などは、樹齢300年ほども有りそうな、立派なものであった。ダブルストックの単独男性が降りて来られた。濃密な千島笹の隙間から、見え隠れする山頂尾根。しかし道は尾根下を辿るだけで、寧ろ下降しながら大空山方面に向かっている。普通なら、ショートカットもあり得るところ、こう笹が強靭では寄り道は不可能だ。そもそも、こうした登山が出来るのは、笹を切り開きルート開拓をされた皆様のお陰、不足を云ってはバチが当たる。

かなり南に歩いた辺りで東の展望が拓け、ここが大空山と冨栄山を分ける鞍部で、南へ歩けば大空山。尾根道の周囲は千島笹とブナ・ナナカマドが多く明るい。だが、ナナカマドなどの葉は酷く傷んで、紅葉どころではない雰囲気。猛暑のなせる技か大風か。北の高みに山頂が覗いている。切り払われた千島笹の間から、下界の様子が見える様になった。西側には温泉のある集落、東側は森ばかりで、人工物と云えば植林地だけ。

やっと着いた冨栄山は、北側に木製の展望台のある小広いピークであった。本来なら、最初に登るべき乗幸山に続く登山道が、尾根を降って登って、遮るものの無い高みに続いている。大山の見える北側の一角でランチ、生憎のガスで不鮮明ではあったが、大山の南側に広がる蒜山・牧場や街並み、北側の矢筈ヶ山・甲ヶ山、海岸線まで降るなだらかな稜線、天気が良ければ日本海も見えただろう。こんな展望の可能な場所があることに驚いた。展望を邪魔する中国山地の山並みが殆ど無い。

晴れてあれば、もっと素晴らしい展望が開けたに違いない。神仏との黙契のためにも、次回は是非、乗幸山から始めよう、車は大丈夫だろうか?。おばちゃんの持っていたキノコ、どうやらネマガリ竹を分け入って採ったものだと判断した。登山道周辺に、食用キノコの痕跡は無かったのだ。


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