午前6時の天気予報では、高島地方は快晴と云う。ならばそろそろ季節でもあり、今年に限っては長雨と冷夏の所為で、山は一段と季節の進行が早かろう。
安曇川の川原の彼方此方には、多すぎるくらいの太公望の姿がある。梅ノ木で久多方面に折れた針畑川の川原にはまた異常なくらいの人出である。夏休み最後の日曜日は、一日入漁権さえ払えば、鮎の取り放題、し放題のお祭り日であったか。芦生の宿屋のご主人も、朝から浮かれて家に居つかなかった位の日である。
恐らくはそうであろうと心得、久多上の町の林道に差し掛かる。林道沿いにも釣師が多い。しかし流石に放流山女の手づかみも、モリ漁もあるまいから、正規の釣りを楽しむ人たちである。府大小屋出会いには4台もの車と人があり、林道終点で準備中には、長いゴム長を着けた軽に跨る女性が一人。颯爽と谷川に降りて行かれる。
支度も出来て、青々とした深いカヤの中を踏み分けて山道を歩き出すと、件の女性は直ぐ傍の浅い流れに竿を出している。釣れるかどうか、多少の興味を残しつつ、暗い植林地を歩き谷川に出た。谷川の深い岩場の傍などに、黒い魚体が見えはしないだろうか、などと想像を逞しくしつつ、大きな滝の音が近づく。
登山道の傾斜はきつくなり、滝の巻き道に入る。ここから落ちたら一貫の終わりである。巻き道の終わりは滝谷出会い高度まで直登があり、ずっと下に谷川の細い流れを見ながら水平に移動すると川原に出る。真っ直ぐ谷を詰めると天狗峠、左の谷を詰めるとP927に至り、今日の体調ではP927方面からのアプローチが無難である。直ぐ上流部で小さな滝を巻くと、後は川の中州辺りを遡行するだけで楽に尾根に近づける。
流れが小さくなる辺りで、尾根に逃げる踏み跡と真っ直ぐ詰める踏み跡があり、真っ直ぐの踏み跡は、水の消えた急斜面をひたすら登る。何処を歩いても楽に尾根に乗る方法はない。ようやく乗った尾根は、国境尾根から久多に下る支尾根で、西に少し歩くと国境尾根P927に出た。暫く休んで辺りを伺うに、どうやら芦生の人気もここらで落ちつきを取り戻したようで、踏み跡の上には倒木や草が生えだし、所在が分からないところも出来つつある。
昨年秋にご一緒したおじいさんの目印が二つほど、尾根道に残っていた。熊鈴を忘れてきたが、熊の痕跡も殆どない。昨年豊作だった栗に代って今年はブナが豊作らしく、どうやら里で出没する熊は、今年も少なくて済みそうである。だるい身体を引きずり、ブナ、コナラの大木の中を天狗峠まで歩く。踏み跡が二つ、今日のものらしい。時おり葉叢を打つ音が広がる。雲の蟠る空からのものらしく、雫を作り林床にまで届くほどではないのだが、日差しも無く肌寒い。
森には花も色づく実も、色鮮やかなキノコも少なく、冷夏とはいえ2週間ほど早すぎた。巨大な芦生杉にいたずらした者があったが、気の遠くなる年月の間には、ささやかな記憶も残るまい。天狗峠を後にして、滝谷下降地点へまで戻り、道なき急斜面を下った。ここは下手に左右に外れると、相当に険しいところである。なるべく落ち着いたところを選んで下降すべきところ、やや右に外れて川に出た。これを下るに登山靴は危ない。
滑り落ちそうな斜面を左に戻り、漸く滝谷の流れが見えた。やれやれ酷い汗まみれ。川でゆっくり汗を拭き、高巻きを下って駐車地へ。清冽な水飛沫に煌めく陽光、いつのまにか空は晴れ渡り、暖かな川岸で暫く休息。見つめた流れの中には既に夏の気配はないようである。
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