■ 播磨・千町ヶ峰
・・・・2016年10月15日
2016.10.15

千町ヶ峰、せんちょうがみね、と読むらしい。勝手に、せんまちがみね、と言い馴染んでいたから、どうも違和感がある。中国山地の山深い地に有りながら、「せんまち」などと、お伽話のような愉快な調子と、これに因んだ山や峠はお気に入りであった。これが、広さを表すだけの名称だとしたら、一度に色褪せてしまう。他に害がある訳では無いから、個人としては旧来の名称で呼ぶ事にする。

一ノ宮から15分ばかり走って、まことに狭い入口を右折すると、やや勾配のある、ガードレールの無い道になった。広くは無いが、狭くも無い、落葉等の堆積物のまるで無い綺麗な路面だ。ところどころに穴があったが、あれは補修が必要。そんな様子を見ると、千町集落には相応の人口があるとみた。峠を越えるところで、可愛い天守のある城があった。帰りに見学する事にして5分、かなり広い明るい谷間に人の営みがあった。

下千町こぶしの村キャンプ場の入口に車を止め、ドアを開けた頭上に、色付き始めたヤマボウシの実が背比べ。その数は、沢山の葉をも凌駕して見応えがある。高い山の端を越え、出てきたばかりの陽射しの中では尚更温かい光景だ。キャンプ場の方は全て光陰矢の如し、今は昔の話である。支度の間に車は1台も通らない。

川に掛かる、橋と呼ぶより克り丸木などに近い、矩形の鉄橋を渡るとキャンプ場管理棟らしい建屋があって、これにはガスボンベ、冷蔵庫など、活用されている気配があった。入口には、「自由に使って下さい、町長に連絡のみ下さい」と書いてあった。やはりこれだけは生きているらしい。その他の設備は既に賞味期限を過ぎて久しい。最後の棟を過ぎ、水の出た登山道を歩くと古い林道に出て、随分歩きやすい楽なコースだ、と思っていたところへ、前言を取り消さざるを得ない、斜度の厳しい途がほぼ直線で昇って行く。

そうした行為は、上空を完全に覆った杉の林の下、薄暗い、気温は8度程度の林床で演じられ、観客は、時々聞こえてきた囀りの主の他は皆無。敢えて言うなら、側を絶えず流れる谷川の水くらいであった。1時間半ほども登ると、上の方に暖かそうな光が見えた。人工林が切れ、背の低い千島笹と松、アセビの林に変わると尾根に出た。谷川の細い流れとゆるやかな広い尾根は素晴らしい、が、もっと光を〜と求めた太陽光は酷く暑く、厳しい。

尾根に出て10分、千町ヶ峰のピーク着、晴天の山は久しぶりで、空気が澄明で展望が効く。眼下に拡がる人の営みはもとより、千町峠に続く段ヶ峰、峰山高原、氷ノ山、太陽光の厳しさを緩和する冷たい風。東の山裾には疾走する乗用車、え?、林道があったんだ。暫く遠望を楽しんで、地図で見つけた作業道を降るべく北に移動、千島笹の間にはリンドウの花が多い。中には既に赤い実になったものもある。このリンドウはツルリンドウである。リンドウに比べ、幾らかその価値が減少したように思われるかも知れない、がここのツルリンドウの背は低く、花は真っ直ぐに上を向き、中には、10個近い花を付けた株もあり、けして本家リンドウに劣らないのだ。(赤い綺麗なツルリンドウの実があったから、傍の多くの花もツルリンドウだと思ったが、あとで調べた結果、やはりリンドウだと思われる)

天空の廊下を少し歩くと古い観測所があった。ここの裏から、荒れた作業道を降り、途端に暗い人工林に引き戻されてしまった。稜線での出来事は夢幻の如くに消え、降雨で流出した道補修の重機が唸りを上げる中を延々と歩いた。上千町に出るとまた光景は一変し、明るい集落の中央に風に翻る秋祭りの幟、畑には良く育った日野菜、ダイコン、レタスなどなど、ところが人の姿は全く無い。上千町から下千町まで、通る車すら1台も無かった。



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