本格的な雨とあっては藪山は辛い、葉叢からの水滴も同様、傘をさしての樹林も面白くない。そうすると残るところは定番の山くらいで、幸いにも今は雨は無い。雨は無いどころか雲間から覗く太陽は強力で、降った雨は忽ち蒸発して嫌が上にも高い湿度だ。
定番の玉泉寺に車を置いて、掃除のおばさんに軽く会釈、これで良い。カナダ産輸入住宅の前で犬に吠え掛けられ、ほぼ全設備稼働中のキャンプ場を横目でチラチラ、雨にも風にも負けない方々の顔を拝んで、登山口の車の中のアベックを見ながら、行者山への階段を登る。
柔らかい土に残る靴跡を確認し、忽ち湧いてくる汗の雫を如何ともし難く、風の一つも吹けよかし、など想いながら、大日如来を過ぎて大岩奥のお堂の前、乾いた大岩下の床几に吸い込まれる如く、ふらふらと腰を降ろして汗を拭く。見れば茶色く変色した葉のミズナラは、根から倒れて処理された様子、こんなところにもナラ枯れの影響が出て、西日本の立派なミズナラには、生き残る術はもうなかろう。
夢現で腰掛けた床几であったが、冷却と同時に意識が戻った、さあ行こうか、樹林越しに見えた空は、かなり黒い雲に覆われつつあった。こんなに暑いなら雨もまた選択肢だ。行者山の岩尾の上で、と思う心に鞭打って、先を目指すその後ろに、先のアベックが迫りつつあった。
落葉樹の林に入ると小鳥の声が俄然賑やかさをました。エサをねだって親鳥を追いかける巣立ち雛、目の前に落ちて来た雛、慌てて林の中に消えては行ったが、何れも雨の来る前に腹を満たす必要がある。頼めば食べ物の一つや二つは造作も無い、代わりに少しだけ自由にさせて貰えたら、、ダメそうだ。
後続のアベックとの差が縮まらない、風越し峠でザックを降ろして小休止、アベックを先に行かせたい。空は一面雲に覆われ、就中北側は黒い雲であるにも拘らず、隙間を縫って陽射しがある、奇妙な天気だ。これは何れ大雨になる前兆だと思われ、今はとても暑いのである。アベックは追い越して行ったその先で小休止を始めた。ならば一本、そんなにしても吸いたいか?、と云われたら、然り!、と応えるのだ。
伯耆大山は鳥越峠で実際にあった話。さて残るは北斜面の巻道と最後の直登、巻道は緩斜面で涼しい、直登部は藪でモミジイチゴがあるだろう、これを採取しながら登れば良い。目論見は見事に的中、しかしイチゴの味は今ひとつだが、先のアベックにしても何故これに無関心であるのか解らない。野イチゴを知らないのか、食べ物とはみなさないのか、何れもサバイバビリティーの低減に繋がる事態で憂慮すべき事象と言えよう。
彼らに遅れる事100メートルで月報寺跡に辿り着いた、陽射しは無い。山頂から響く賑やかな声おばさん登山隊に違いない。寺跡の石に腰掛けおやつを食べた、序に台座の下のお宝を探して見たが、虫が出て来た。古井戸の水は濁りがあって、水面には釣り鐘状の白い花が浮かんでいた。古井戸の上にはネジキの枯木があった。
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