春霞に輪郭だけがぼんやり見える三岳、雨の降る火打岩の集落、人の姿は見えず、勢い良く流れる谷の瀬音だけが響く静かな春だ。雨は降っても温かい、気温は10度を超え、桜はまだ蕾だが、梅の香気が流れてくる。登山口の家の庭にも、賑やかな色彩があった。裏の畑にも、梅か桃の花が満開だ。手入れの行き届いた登山道は、クリンソウ保護の方々の手に依るものだろうが、雪がやっと溶けたばかりで、クリンソウには未だ一月も早いだろう。
急斜面の細い途を、傘を差して登るのはかなり応える。傘を差す手はだるいし放熱も悪い。木の枝などが絡むと厄介だ。こんな面倒なスタイルは止したほうが良いに決まっている、が今日の雨には濡れたくない。下半身の雨具は無いので、強力な雨なら短時間でずぶ濡れだ。面倒な事を省くから止む終えない。結局は面倒はひとつは引き受けるのだ。
尾根に上がると平坦な途が続く。上昇した体温も下がる筈だが容易に汗がひかない。カッパと傘のせいで熱交換が悪い、汗が何時までも流れて気持が悪い。クリンソウの様子を見ると、ちょうど芽が伸び出したところで、黒い湿地に緑の葉が鮮やかだ。水飲み場の前で雨脚が強くなった。少しだけ休むつもりで、樹木が傘になる水飲み場の前でザックを下ろした。水飲み場の湧水の流れは細く、落ち葉や泥に埋まって、備え付けの柄杓はあっても、飲める水では無い。
そろそろ此処も雨漏りが激しさをまし、雨宿りの効もほぼ無くなった。林床の落ち葉の色も、濡れて黒く変色し、登山道に溢れた水が流れてきた。目の前の樹林が霞むほど、濃い霧が流れてきた。落ち葉と土を捏ねたような途は、如何に登山靴でも気持が悪い。御岳寺跡を過ぎると、灌木が主体の岩肌の途になり、やや西寄りの風雨は直接身体にあたってくる。
岩の多い急斜面で、灌木の小枝が傘の邪魔になる。立ち寄った岩のステージからは、流れる霧の他は何も見えない。思いの外、風は強い。大岩等に結構傘を取られながらもどうにか三岳山頂まで登ってきた。本来のピークには鉄塔があるだけで、行かないのを旨としている。大淀までの降りコースは雨で滑る筈、滅多に無いことだが今日はピストンで良い。
今日の踏み跡は皆無であった、こんな天候でハイクは無い、と確信していたから驚いた。賑やかな、カラフルな衣装の団体さんが登って行かれる。足音に振り向くと、二人のマラソンランナーが下ってきた。大淀から来たとの事。折しも、風雨ともに弱まってきたところであった。
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