久方ぶりにお日様のお顔を拝ませて戴けそうな空模様、ここはオーソドックスな山、大勢の人で賑わう比良は武奈ヶ岳にしよう。人が多すぎれば小山の岳でもかまはない。早朝にも拘わらず、既に駐車場に車が溢れ、流石に人気の山だけの事はある。特筆すべきは、お若い方も多数おられる事、それでも高齢の方々が中心である事は否めない。
ご高齢であるからと嘗めてはいけない、ダブルストックに滑り止め無しのスタイルで早い事、着いて行くのは諦めよう。正面谷へ向かう人の半分は沢を渡ってダケ道へ、残りは真っ直ぐガレへ向かう、目の前で丁度その位の方が別れて行かれたのでガセではない。この辺りから雪が出て、気温は高めで昨日の雨、湿った重い雪である。
湧水場では、おっちゃんおばちゃん登山隊がザックを降ろして水くみに勤しんでおられる。滴る汗を拭きつつ、飲みたい心持ちを抑えて登るのである。少し先にお若いカップルがあり、堰堤に腰掛けて遠眼鏡で山鳥等を観察中のおばちゃんがいる。一際、甲高い声を響かせるミソサザイ。
前のお二人は6本爪アイゼン装着だ、今日の雪は良く滑るので重宝であろう。持参はしているが面倒なので、余程必要になるまではツボ足でいこう。谷筋では、白い雪の上に大岩小岩の交じる崩落地が2箇所、沢を渡ると見上げるような雪の壁、所謂ガレだ、と思う。崩落の続くガレ、と云われる割りにはここでの崩落は見た事が無い。丁度半ばまで登ったところに綺麗な展望所が作ってあった。
脚が重くなってきたところへ誂たような休息の誘惑、陽射しもあって、眺望も申し分ない。尻が濡れるのはご愛嬌、傍らを、ソロの男性、頭はかなり薄い方、が黙々と登って行かれる。今日の琵琶湖は風も無く、どこか春めいた色を湛えている。やっとガレを超え次は金糞峠、夏でも応えるコースは雪で尚更だ。
角の尖った岩の隠れる斜面には、ところどころ穴が空いて、下からチョロチョロ水の流れる音が聞こえる。金糞峠は強烈な風が抜け、少しも温かくない。小山の岳への最短ルート、尾根に上がろうと見た山腹に、先のカップルが張り付いていた。咄嗟に谷の夏道にコース変更、少し戻って善き峠谷へ、踏み跡も有るし懸念は無かった。
ところが、谷川渡渉地点で川に降りられない。雪は凡そ1〜2メートル、切り立っていて向いも同様、踏み跡は少しはあるものの、多くは左岸の山腹に続く。これに習って傾斜のキツイ左岸を行き、少し先で川を越えて右岸に出た。これについても楽では無い、腰まで嵌まるし、手袋はビショビショ。右岸の踏み跡も大変なコース取りで、それと云うのも中途半端な積雪にある。もっと多ければ谷川は隠れる、もっと少なければ夏道に忠実に歩く事が可能だ。今日のところは谷川は口を開け、川端は2メートルの雪の崖、近付けばポチャリも有り得る。
今日の雪は柔らかくて、一旦嵌ると非常に重い、太腿まで入ると容易には抜け出せない。七転八倒するうちに、まずまずあった踏み跡も怪しくなった。引き返した方々が多数あったと思われ、最後はスノーシューの跡1つだけが残っている。陽射しの溢れる静かな雪の中峠で、切れ始めたエネルギーを補給する事だけを楽しみに、雪の斜面を登ったり降ったり、川が二つに別れる所で遂に道を失った。川には落ちたくないし這い上がるのは非常に困難、左岸に跳べなくも無いが、予想される事後の苦労を考えると、尾根に這い上がる事も想定する必要がある。太腿から下は痛いし、既にその体力が残っていないのだ。
直ぐ先に中峠の尾根を見ながら途中敗退、少しだけ出てきた陽の中たる雪面にシートを敷いて、転がった時の気持ちの良い事、しかしワカンは持っておくべきであった。
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