台風のお陰で世の中は幾分過ごしやすくなり、エアコンが切れても何とかなりそうな平和は情景だ。四国では、相当な雨量があるそうだから、平和等とはいえないが、田畑にあるお年寄りにも、屈託が感じられないのも事実だ。雨は僅かだが、間断なく降り続いてはいるようで、よく繁った樹木の下以外は濡れている。
雨の金輪寺参道の湿度は飽和状態、風がないと22度ほどの気温でも極めて熱い。梅雨に雨の少なかった谷川は、流心あたりに小さな流れがあるだけで、瀬音を出すほどの勢いはない。冷たい水の湧く林道側の泉も、底の小石を光らせる程度の水しかない。
登山口で少々休息、このまま終わっても誰も文句は言わないだろう、時に休んでも罰当たりでもあるまい。一服入れて考えた。これで終えても続けても同じ一生、楽な方には何時でも行ける、今日も少しだけ頑張ってみようか。などと逡巡しつつ、小雨の、急斜面の暗いルンゼ状の登山道を登るのだ。
流石に先行者の足跡等はなく、クモの糸が煩いヤブの中は熱い。風は、尾根に上ったところで吹くようになり、西側に面した山腹は涼しい。深く抉れた溝を終えると、途脇にキノコがあった。ちょっとマツタケに似ていて、これはまた珍しい、と思う間もなく、ただの毒キノコと判明した。茎をひねるとポキンと折れたが、地に落ちるでもなく、ちょっと傾いたままで佇立している。
雨は相変わらず葉叢を叩き、パラパラ、音だけはするのでそれと分かるだけで、樹林の中までは落ちて来ない。北東尾根に掛ったところで小休止、尾根上でもまるで夕方の様な暗さ、一際強くなった風にヒンヤリしたものが混じっている。最近はピークまでは行かないので、ピーク下の大地を目標にしている。
北東尾根を上り詰め、綺麗な巻道を歩く内に、愈々前方上空は暗くなり、雨の勢いも強くなった。雨の装備はしてあっても、ずぶ濡れにはなりたくないし、高度としては目的に達している。ここで引き返しても、目的を達成したと言っても遜色なかろう。下りの山道で、人の声を聞いたようであったが空耳であったらしい。最後まで、誰とも会うこともなく、目の前を、本土リスが横切っただけだった。
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