霧に覆われた山の端に、黒雲が現れ地蔵山を覆う様になるまで凡そ30分,用意も整い、出発間際に大粒の雨が来た。慌てて車に戻って様子を伺うに、雨の勢いは増すばかりで、田仕事のおじいさんも、畑仕事のおじいさんも、小走りに家に逃げ込んでいった。激しい雨で視界の確保が難しいのか、ノロノロ走る車が去ると、その後の路面は水が流れるだけ。
エアコンで快適な雨宿りの前を、自転車の、細い女性が横切った。顔は陽に焼けて精悍そのもの、雨等は殆ど眼中に無いような顔付きであった。あの手の女性が増えるとちょっと大変かも知れない。女性が去ったあと、雨脚は更に激しさを加え、山を諦めて日吉ダムに向かった。
すると北の山の端に明るさが見え始め、間もなく雨は止み気温は6度程も低下した。車を返して再び芦見峠への登山口、気温は有り難いが湿度は100%、木から落ちる雫だけでもちょっとした雨と変わらない。出会ったおじいさんに声を掛けられ、今から登ると言ったのだから、行かなければ格好が悪い。
芦見疎水直前の崩れた林道には、登山者用にか、ロープを張り木で路を補強した巻き道が用意されている。という事は、これ以上の補修を諦めた、と言っているのと同様だ。少なくとも当分元に戻る事は無いだろう。峠が近づく頃に再び雨、汗で濡れた体には寧ろ気持ちが良い。芦見谷に降りてなお雨が降るようなら今日はこれ迄と決めた。ユリ道の上に、良く肥えたガマが1匹。
芦見林道に降りる頃に雨は止み、薄日も差し始め、低い気温ではあっても汗は止めどなく落ちる。今の雨によるのか谷水は濁りがあって流れも早い。それにしても、林道の荒廃の様子はただ事ではない。いたる所に土砂崩れが残り、対岸の崩壊で杉の木が林道を塞ぐところも数ケ所あった。越畑に続く国道は、台風禍により通行止であった。先の台風でそれ程の大雨があった話は聞かなかったのだが、どうもその影響らしい。
何度か崩れ、都度補修された辺りも大きく道が流出している。林道終点で少し休み、谷に沿って暗い杉の林に入った。と、汗で濡れた首の後ろがチクチクする。手で触るとヌメっとした感触、むしり取って見るとヤマビルだ。血はまだ出ていないので吸血前であったらしい。ヤマビルは登山道の何処かに落ちた。この様な事がありそうで、常に注意はしていたが、いずれこの辺りも彼らに乗っ取られる日も遠くない。久多の様に、家の周辺にも出没する日も近いのではないか。恐ろしい。
谷川に残るユリ道を辿って竜ヶ岳出合、少し歩くと通称竜の小屋前、支谷から引く水は冷たく、首と顔と腕を洗ってスッキリした。然し、風の無い陽当たりの悪い濡れた杉の林は恐ろしく、昼食休息等は出来よう筈もなく、一寸先から右に折れ、首無し地蔵に向かった。この頃から陽射しも強く、樹間から見える空に綺麗な青空が戻っていた。
首無し地蔵の前は、爽やかな乾いて涼しい風が拔ける別天地であった。かつまた流石は人気の愛宕さん、行き交う人も三々五々、後を絶たないのである。そうした場所にシートを広げ、出入りの方々を見下ろしながら、秘蔵のビールで昼食を戴いた。霞む京都市内の上空では、賑やかな轟が何時までも続き、随分長い、と良く聞けば、ジェット機の爆音であった。
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