石田川ダムに溜まった水は無い、綺麗な透きとおった流れが、そのまま取水口へ注ぎ込み、僅かに淀む水の何処にも生き物の姿は無かった。琵琶湖の源流域のひとつだから、マスの仲間が居ても良さそうだが、実際はどうだろう。
4月以降の降水量が、余りに少なかったからだろうか、これなら、梅雨時の少々強い雨でも十分に堰き止められるから心強い。ダムの駐車場に、他に車は無い。間違いなく不通の筈のダムサイトの道に、車が2台、消えて行った。1・2キロ位行った辺りで土砂に埋まった道が長々とあった筈で、三重ヶ嶽へ登るなら、近くまで車を進めたいのはよく分かる。
橋を一つ超えると左手に登山口の案内標柱がある。武奈ヶ嶽を回って、駐車場に近い登山口に降りるコースを行く。同じコースでも、これがずっと楽である事をやっと学習した。
広めの尾根一杯を使ったくの字の道は、思った通り疲労の蓄積が少ない。風は良い具合に吹き抜けるし、適度に、杉の林で影も出来る。この山の杉は、陽射しが出来るように樹間が広く、雑木も生えて嫌では無い。木陰を好む花なぞもあって、目を凝らしながら、気が付けば、45度位にも見える尾根の斜面を随分登った。
谷を挟んで対面の山並みが見え出すと、緑の濃さに驚くばかりだ。杉の事では無くて、山肌の大半を覆う落葉樹の緑である。ツツドリの太い声は西側の尾根辺りから聞こえて来る。カッコウの鳴き声は、どうやら三重ヶ嶽辺りの梢のものらしい。
空気が澄んでいて、遠くの森の立木の一本も識別出来そうなくらい、明るさに溢れている。ちょっとザックを降ろして汗を乾かす間に、直ぐ下方から響いてきたおば様方の賑やかな話し声。鳥の他には、風の音くらいしか聞こえるもののない中で、おば様方の声はよく響くのである。登山道から、数メートル離れた辺りを、地響きを立て逃げて行った生き物はいたが。
おば様方には、感心する事も多い。まず、どうやったなら、長い道中、喋り続ける話題が浮かぶのだろう。尽きざる泉のようなおば様方の胸中。また、楽だと云いながらも、尾根の近付くこの辺りは、山腹も狭く殆ど直登、斜度もキツイ。息が切れて、此方は笛さえ吹く余裕も無い。こんこんと湧く泉の如き話題を持ち、息を切らせても喋り続けるおば様方の気概には感服せざるを得ないのだ。
背の低い、捩れたブナの木陰に涼風の吹く尾根に着くと、日本海から小浜市、丹後半島辺りまでが綺麗に見え、眼下の街並みの家々のひとつひとつが識別出来る程の明瞭さである。実際、感覚的にはそうであったが、目の前の、三十三間山の人影は見えて居ないので、実の処はそれ程でも無かったのかも知れない。それ程の明瞭さで見えた事は事実である。東の一際高い辺りに、まだまだ真っ白に雪を湛えた白山が見えていた。
おば様方も近付いたし、武奈ヶ岳山頂はおば様方にプレゼントして、離れた斜面で昼食とした。気温は14度、汗が冷えなくとも寒い。ただ、陽射しの中では10度も違う様に感じる程温かい。おば様方も直に到着、聞こえていた話し声もいつか静かになった。総勢10名ほど、男性が4名おられた。
小一時間ほど寛いで下山開始、どうやらそばに巣でもあったか、シジュウカラがひどくお怒りだ。下り始めて程なく、高木の無い、眺望に開けた灌木ばかりの林に、大きな声が響き渡る。ヤッホー位はあっても良いが、何か、人の悪口等も含まれていた様な、聞き間違えは往々ある事だ。
やがて、中年のアベックが登ってきて、にこやかに挨拶を交わす女性に対して、男性の方は、不自然に顔を背けてちらとも見ない。山の中では、木の影に目あり、林の向こうに聞く耳有りをやっと習得したらしい。
登山口上の、尾根までの厳しい辺りに差し掛かった。信じ難い程の斜度で、これを登ってばかりいたとは何という迂闊、おば様方も降って来られ、最後は一緒に林道まで下った。サワフタギが咲き始め、ヤマボウシもソロソロ咲くだろう。
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