天気はうす曇ながら、時おり日差しも漏れていました。降るか、降らぬか、ザックの重さに額の汗もいつもに増して流れ落ちます。
そんな中、聞こえてきたのは、人を小ばかにしたようなアオバトの囀り。実際、アオバトの所業と知らない間は、何ものかの悪戯と断じていたくらいです。「オ・マ・エ・ハ・ア・ホ・カ〜」という、上方漫才でノコギリを使ったパフォーマンスがありましたが、実にこれとよく似ていると思うのです。
良く響く声が緑に覆われた谷間に木魂します。急斜面にせりだした高い杉の梢で鳴いているのは、オオルリでしょう。それほど綺麗な声ではありませんが、小鳥の中では身体も一段大きいので、声が良く中空に響きます。谷川が近くなり、沢音に負けないくらいに囀るのはミソサザイ。
実に綺麗な透き通る声で鳴きますが、些か煩いほどです。小鳥の中でも一番小さな部類で、何処にそんな力があるのか、尻尾をほぼ垂直に立て、顔を45度位の上空に向けて、全身を震わせながら鳴きます。
雨の中、倒木に止まったミソサザイが、手の届くところで鳴いているのを観察した事がありますが、殆ど人を恐れません。漸く葉叢の茂った森に入るとコガラやヒガラといった、同じように小さな小鳥が直ぐ傍で遊びます。概して小さな野鳥は人を恐れません。ヒガラなどは寧ろ、好奇心が旺盛で、人を観察しているようにさえ見えます。
人を見ると泥棒と思うらしいのがアオゲラです。大きな威嚇の声を上げるので、最初は些か慌てるほどですが、慣れると傍に巣穴が有ることが分かります。何と云う自信でしょう。巣の所在を知らせても、追い払う事を優先し、また確信に満ちているのです。雛もまた同様で、そんな取り込み中にも大きな声を挙げるのですから、巣の所在は直ぐに知れます。雛の声は、枯れて根本から5m程残った大木の3mあたりに穿たれた穴から聞こえます。
シジュウカラもまたブナの根元などに巣を作っていました。ブナの成長過程で自然に出来た、細長い洞を利用しています。これではテンなどの天敵でも容易に襲うことはできません。数羽の雛と親鳥がいましたが、顔を近づけると、「フオー」と、蛇が発するような恐ろしい威嚇を受けました。
小さな小鳥でも、大きな人を縮み上がらせる事ができるのです。雛は未だ卵から孵って一週間と経っていないようでした。
高いミソサザイの声が響く中、もう一つ響き渡る声があります。ルリビタキだと思いますが、これも澄んだ綺麗な声の持ち主で、ミソサザイほど煩くありません。寧ろ聞き惚れるくらいに静かな声、といったら誇張がありますが、中々に良い声です。何処へ云っても大音量で囀るのは、やはりウグイスでしょう。ミソサザイも煩く鳴きますがウグイスも同様です。
1700mあたりで遠くから、七面山辺りからジュウイチの声が聞こえてきます。「ジュウイチ」と甲高い声で鳴きながら、音階がどんどん上がっていくのです。最後には爆発して(な訳はありませんが)、また低い音階から始めます。中々に楽しませてくれる鳥です。日裏山に入ると背のそれ程高くないトウヒとシラビソの林になります。それに併せてまた色々な鳥の声が響きます。
先ほどから聞こえていた鳥に加えてホオジロのか細い高い声も響きます。里の代表的な鳥ですが、初夏には亜高山のこの辺りにもやってくるのです。林の奥からツツドリの「ポッポー ポッポー」といった低い声が響きます。谷を越えてまでは響かないほど低い、掠れたような声ですが、梢にとまった姿は以外に大きく、カラス位にも見えました。近くで聞いた声もまた、非常に大きな力強い声で、些か驚きました。
日裏山を越え、大峰の主峰である弥山・八経ヶ岳・明星ガ岳が展開する谷間を、八剣谷に下降しました。ところどころに心細いオオヤマレンゲの姿がありましたが、残念ながら蕾は未だ固く、開花は二週間ほども先の事でしょう。焚き火の色が、橙色に、懐かしい色合いに火照りだす頃に聞こえてくるのはトラツグミです。むかしは妖怪ヌエとして恐れられたこともあったようですが、確かに気味の悪いことには変わりありません。
「ヒー ヒー」と鳴くと、谷を隔てた辺りから、「ヒー ヒー」と消え入るように応えるのです。トラツグミ自身は可愛らしい鳥なのですが。でも慣れるとこれも子守唄に聞こえてきます。そろそろ眠くなってきました。
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