集落の中ではそぼ降る雨も、霧で見えない尾根辺りでは、松を鳴らして山を揺すぶる。黒雲の下に、ひっそり凍りついた集落の、甲高い子供の声が漏れて来る草葦きの家。
植林地に差し掛かり、風と共に落ちてくる雫、そうで無くとも雨は酷く煩い。止みそうな気配もあって、用意したのはフードの着いたカッパだけ、土砂崩れの道は依然その儘、下方に新しい道が、疎水まで達している。どうやらこの道は、放棄されたと見て良かろう。
土砂崩れの現場は更に拡がったように見え、迂回する山側の巻き道は、より長くなった。濡れた灌木に触れた瞬間、頭といわず降り注ぐ雫。初動からの苦労で、心臓は忽ち既定の回転数を超え、吐き気が襲う。
止まると悪くなる気色も、ぼちぼち歩くと幾らかましだ。カッパのフードは邪魔である。フードを外すと、広がりと同時に飛び込んでくる激しい山鳴り。雨が飛ぶのか雪が舞うのか、芦見峠には溶け残る雪。
地蔵山へは度々登る、暗い植林地が長々と続く、雨の舞う今日の様な日はまた格別、どうにも意欲が湧いてこない。頭を濡らす、雨の中で逡巡する事数分ばかり、今日は止そう。十年以前に、一度だけ歩いた三つ頭山、星峠などと、優雅な地名に誘われて、和田(?)の集落から散策した。以後、芦見峠に降りてこられる登山者の姿は見ても、更に行ってみたいとは思わなかった。
今日は三つ頭山に行ってみようか、しっかり踏まれたユリ道は、雨で暗い中でも白く明瞭だ。白い道を旅人が行く。暫く行くと山頂部の巻き道になり、落葉を沢山集めた溝状の路になった。奇妙な事に、一度だけとは云いながら、この辺りの地形の記憶が無い。どうした事だろうと、思う間に開けた場所に差し掛かった。
地蔵山への最初の原っぱが眼下になった。芦見峠の直ぐ上に位置する。更に溝形に進化した路に、水が流れる。溝を進むと鉄塔の立つ北に開けた場所がある。展望は更に無く、濃い霧だけで、興味も尽きる。
北側山腹を巻き、ちょっと薄暗くなった辺りで尾根に乗った。途端に鹿が、ピーッ!と鳴いた。心臓が、約3センチ飛び出した。そんな近くで警戒は無い、見れば5メートル、とっくに警戒距離を越えている。この辺りが、格別ガスが濃い訳でも無い。
尾根には馬酔木が繁り、僅かにあった松は虫に食われて路を塞ぐ。塞ぐ松を迂回して直ぐ、小広い平地に出た。三つ頭山ピークである。余りの呆気なさに、暫し呆然、霧が濃くなってくる。風の音がイヤに強く聞こえる。手の上に落ちてきたのは雪。少し先に鉄塔が見え、どう見ても、ピークより高い。
星峠まではかなり距離がある上、雪の舞う荒れ模様は納まる気配も無く、北の空には一点の光も無い。ボンヤリ、一本付ける間にも手が冷えた。今日はこれで良しとして、過日、星峠まで歩いてみたい。
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