台高でもっとも厳しい山、白髭岳をつい失念していた。雪も多少降ったようだし気温もまた低い。高見山を登るべく西名阪を走行中、白髭岳を思い起こした。
多少遅い時間ではあるが、小白髭までなら十分な時間だ。雪装備の警告のあるR169を柏木まで、ここまでは雪も凍結もない。広めの路肩に駐車、軽自動車の消えた吊り橋を渡り、山腹に散在する神乃谷集落に入った。
先程から木材運搬のヘリの爆音が轟き、犬の悲鳴も合わせて聞こえてくる。急傾斜の山間に三々五々別れてある集落は、人だけなら十分通行可能な細い路で繋がる。横にも縦にも続き、上の林道まで100メートルを超える高度差がある。
雪こそは少ないがピカピカに凍った林道までにひと汗かき、ソロりソロり歩く林道でまた汗が吹き出る。冬装備の軽トラのタイヤが思いっきり空転しながら何とか登っていく。慣れたものだ。
登山口横に車が一台、キツイだけが取り柄の様なこの山は、多くは無くとも必ず人のいる山だ。今西錦司の碑文のある山頂が魅力なのか、登り応えのある山と評された事で意欲を唆るのか。
今日のところは三人の先行者の足跡があり、一人は既に往復したあとである。年を経る毎に荒れてくる径でもっとも煩わしいのは倒れたり折れたりした杉の木である。入り口で数カ所、左岸に移ってからも数カ所、奥の小さな堰堤では山腹を攀じって迂回する程である。
数年前の崩壊地は以来変化は無い。水音に顔を上げると見事な氷の滝があった。先行者も同様に寄り道して見上げたようだ。今は陽射しもあって光の跳ね返りも見られる。暫く休んで次は最後の水場、ここも一面のツララであったが、手を出して生暖かく感じる湧き水を少し飲んだ。
ここからは尾根までただ登るだけ、登り応えよりむしろ自虐的な見上げるコースが続いている。聊かもないでは可哀想だと思召しただろうカモシカが、遙かの高みに姿を見せる。じっとして此方を見下ろしている。
徐々に高度差が詰まると向かいの尾根に徐に消えていった。自虐を辞めて克己にしよう。克己にして径脇の杉の切り株に乗る薄い石数枚、これをケルンと見るか怨念と見るか。雪は10センチ程で径はほぼ直登。
やっと尾根に乗り、ここから3つの崖を登る。雪は踝を埋めるほどで滑り止めにアイゼンを装着。ザックの肥やしとなって早や二年、使っては見たが楽では無い。片手のピッケルも同じである。
エネルギーが切れ始めて力が入らぬ。三つ目の崖を越えて、深くなった雪の緩斜面で遂にバテバテ。斜面の上に顔を出した白髭岳、見ると近いようだが細尾根のアップダウンを六回ほど繰り返したさきである。
先行者はトレースを残して白髭まで行かれるようだ。13時30分、小白髭のピークに着いた。新雪を被った台高の山々を見るにつけ、一段と下がった気温が応えてくる。
一面霧氷を纏った木々の様にはなりたくない。汗が冷える前に食事を済まし、既にかじかんで痛い手を揉みながら、残したトレースをまた引き返した。下りのアイゼンは効き過ぎて膝が痛い。
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