連休も中日になると弥山川のあちこちにテントやら何やら、上空に立ち上る煙こそは庶民の元気な証拠である。狭いR309には背中が隠れる程ザックを膨らませた中年夫婦がおられる。熊渡りの駐車場、これは単に対向場所なのだが、僅かに一台分のスペースが真ん中にぽっかり空いている。なんとか捻じ込んで、やれやれと思う間もなく件のご夫婦が橋を渡って林道に突入していかれた。
川原に残るのはお若い面々、中高年は高い処が好きらしい。後を追うと程なく、ザックを降ろして小休止である。それより先には人影も見えず、黙々と林道を歩く。友をするのは一人梢の鳥だけである。林道終点からは、杉林の中を縫うように、斜面を行きつ戻りつひたすら高度を稼ぐ。杉林が途切れた処で下りの男性二人にあった。二人が云うには、1500m尾根出会い付近で爪とぎ中の熊を目撃した、気を付けて、顔を合わさぬように行かれよとのこと。
顔は背けて歩きましょ、と応えてはみたが内心不安がないではない。再び杉の林をジグザグに歩き、期待したヤマシャクヤクの撮影タイムはまだ硬い蕾で裏切られ、1500まで続く斜面に手頃な休息場所がない。尾根の手前は出来るだけ高度を稼ぎ、急斜面をトラバースしてやっと河合ルートに出会う。尾根上は風が強く、昨日までの温かさは嘘のように寒い。
寒さは別にしても人の気配がない。これは不味い。熊対策は如何しよう。まだ新芽の開かない巨木の林は遠くまで見渡せる。ここはどっきりの邂逅をのみ効果的に抑制しよう。くまさん今から行きますよ、決して近くて会いたくはおません。遠くでお目にかかりましょ。これに節を付けて歌いながら登るのである。それでも安心しかねるところもあるのだが、この時ばかりは苦しい息を我慢して、出来るだけ大きな声を張り上げてあるいた。この歌は永久保存版として残しておこか。
頂仙岳を巻くところにくると遠く高野辻から篠原の集落が見え始め、流石に余裕が出始めた。と向かいから大きなガタイの男性が降りてくる。見れは体格の良い白人で、挨拶もにっこり微笑むことを忘れない。もっと早くに会いたかった。背の低いシラビソと色鮮やかな苔に覆われた高崎横手に差し掛かり、下山する数人の男性と連れ違い、日裏山出会いでは朝食のバーナーを焚く男性と出会った。
日裏山ピークあたりでお腹が減った。ちょっと早い昼食である。する間にも二組のパーティーが下山していく。一旦下り再び登りはじめるとこれが長い。辺りの植物は黒く雪焼けし、少し前まで雪に覆われていた事がわかる。明星ガ岳まであと少しのところで一面薙ぎ払われた大地に出た。激しい風により根こそぎ倒されたものが多く、根は決して深くない。土は表面を覆う程度でしかない。
更に歩き続け、やっと奥駈けに出会い、右上は明星ガ岳のピークである。一応ピークを踏んで、賑やかな声の響く八経ガ岳へ。しかしここでピークに立ったのは僅かに1秒。団体さんの写真撮影に譲らねばならないのだ。近畿の最高峰でも団体さんは一番である。弥山との間はアリの行列状態、戻る人と登る人が押すな押すなの人だかり。このパワーを有意義に使う術はないものか。天の応えは一粒の雨、東から広がるガスであった。
弥山では留まる場所にも事欠き、早々に狼平に下る。少し下った鞍部では沢姿のお二人さん、地図を睨んで佇んでいる。聞けば、双門の滝を登って熊渡に下山するらしいが、ここは弥山、まったく逆の方向である。地図があっても読めないとは。二人を伴い狼平の河原小屋前、煙草休息の間に二人は行ってしまったが、恐らくは再び会うことになる。今日は小屋泊の人だろう、目の前を流れる谷の水を水筒に酌んでいる。
安心して流れのまにまに姿を現すイワナと同じ水を飲むのだ。川を少し登った湧き水を汲む私などとは、比較にならぬ豪傑である。だいたい身体もごつい。さてさて二人に遅れること凡そ20分、1500m尾根出会い付近をうろつく二人。二人に下山ルートを示す合図を送り、急斜面を下って大峰を後にしたのである。
でも今日は両膝が痛かった・・・。
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