五波谷を抜ける風は先週より温かい。にもかかわらず、道の脇に咲いたアザミの花は、満開になる前に駄目になった。杉の林床に咲くミカエリソウも枯れて色を失った。
アキノキリンソウはまだ木洩れ日の中で黄金色に輝いている。マンサクの葉は更に赤味が増し、梢の上側半分を真っ赤に染めた楓の下に、側のブナから黄色い葉がハラハラと舞い落ちる。
林道の適当な処に車をデポ、道を引き返して冷た水谷、消え掛かる林道を上り詰め、奥の谷山の肩に出た。奥の谷山と書いて、通称オクノタンという。このあたりでは、谷をタンと云うのだと思っていたが、あらぬ辺りでもそうであるらしい。
オクノタンの肩から、笹薮の無くなった明るい尾根を北に歩く。笹薮が頭を超えて密生していた時は、一歩進むのに大いに苦労したものだ。こうも楽々と歩けると、返って拍子抜けである。軽い上り下りを終え、西に登ると中山谷山ピークに出る。
黄色く色付いた葉も少なくなると、木が愈々高く聳えるように見え、森が一層大きく感じられる。良い感じの散策が出来たようだが汗が出ていない。暖かくはあるが、やや強めの風が吹くので汗にまで至らずに歩ける。一般的には至極良い調子なのだがそれでは目的の半ばを失う事になる。
坂谷源頭部側に下って五波峠への良く踏まれた道を行く。振り返ったピーク辺りは下草が無いので、透明で広く闊達に見え、大和杉が中心の森は藪のようだ。峠手前にはブナの良い森がある。
ミズナラやコナラの下には沢山のドングリがあって、クマの痕跡を探してみたが、熊棚一つ見つからない。峠に近すぎるのだ。峠には数台車があり、ご夫婦で鍋を囲んで食事タイム。八ヶ峰登山の後らしい。
峠下の道脇に、綺麗なツルリンドウがあちらこちらで咲いている。つる性植物らしからぬ、好ましい立ち姿である。暫く下ると下方から楽器の音が聞こえる。音は次第に近づいてくるし、クラリネットかと思っていたが、どうやら尺八である事が分かった。
一体誰だろう、と疑いつつ、登ってきたのは犬を連れ、尺八の袋を肩に担いで一心不乱に尺八を吹く小太りの白人だ。長靴を履き、身なりはファーマーといったところで、多分、本人は虚無僧の積もりだと思われる。
このいでたちで犬連れでは、誰が見てもシニックには見えないし、笛を吹いて街を流す童話を思い出した。しかし尺八の方は相当な腕前とみた。本人は瞑目していたらしいので相棒の白犬に声を掛けた。犬はよほど遊びたかったと見え、そうとう長い間見送ってくれた。その間も、尺八の音は谷間に木霊し続けていた。
遊んでもらっていいですか?ワン! |