府大小屋前の駐車地に近い明るい杉の林で、山ビル君の小さいヤツがスパッツを這う。流石に気温の低い中では動きも鈍く、指で弾くと簡単に落ちて行った。昨日からの雨が残る久多上の町は、低い黒雲に覆われ、僅かに覗く比良山系にのみ明かりがある。
用意の出来たところに単独男性の車がとまった。前回出会った男性である。ということは、何れ途中で抜かれよう、このルートでははったりは効かない。登山道を埋める落ち葉の色は、黒く変色して面白みがない。岩屋の傍を抜ける度に高度が増す。
三の岩屋を過ぎ、もっともキツイ斜度を終えると強い風が吹き降ろしてくる。早鐘のような心臓も噴出した汗も、立ち止まった僅かの間に冷えてゆく。単独の男性が登ってきた。暫くの立ち話で、随分前から度々出会った事を覚えていたらしい。
腕組みをして登る姿はプロらしくてよい。遅ればせながら腕組みで登ってみると、これが案外に楽である。単に心臓の負担が減るだけでなく、上に移った重心のせいで、僅かな前傾姿勢で足が勝手に動くようである。右脇に当てた指先に、動脈の拍動が伝わってくるのも何やら助けになるような気がする。
普通の腕組みでは転倒した場合に危険なので、単に腕を重ねるようにする。どうやら尾根が見えてくる唯一の平坦な木場、例年綺麗に紅葉するコミネカエデの色付が宜しくない。季節を間違えて若葉を出してしまった木々だけに、緑の葉が残る。
尾根に登ると雨脚と風が強くなった。カッパを着込んで三国岳ピーク、北東の方角に見える山々には日差しがあって明るい。三国岳から高島トレイルに踏み跡はない。さっきの男性は尾根を南に下って三ボケ辺りに降下するのだろうか。
P941から西尾根に移動、芦生方面にも人の気配はない。なくともきっと一人だけは歩いている筈だ。遭遇しないうちにさっさとロロノ谷に下降しよう。谷の中の風は優しい。谷を下りながらあれこれアルバイト、一休みのところへ先ほどの単独男性が現れた。
既に相当のアルバイトを済ませたらしい。色々お手製のアイテムを見せて貰いながら歓談、残る目標を完遂すべく去っていかれた。既に捜索を終えたようなら東隣の谷を行こう。増水した谷川は歩き辛く、なかんずく水漏れのする左の登山靴は浸けられない。
谷を変えて遡行、なかなか思うような場所がない。最源流部手前から、葉を落とした明るい尾根へ向かったところ、これがなかなかに良い、来年あたりは楽しみなところだ。急斜面の、少なくなったとはいえ熊笹の林床を2時間ほど、相当な疲労が足に溜まった。
再びP941に戻って辺りを散策、吹く風は冷たく、霙が降ってもおかしくない。北は一面真っ黒に染まり、冬の日本海側特有の天候だ。三国岳ピーク、ごうごうと唸りを上げる風の中、見渡した南の比良辺りの上空も雨雲に覆われている。
再び汗を拭いつつ戻った府大小屋前には、そぼ降る雨の中に車が二台、大きな目標を持った彼はまだ帰っていない。
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