「川床」という地名から受ける印象とは随分違う、谷水に手が触れるくらい、といった意味であろう。この辺りの谷は深く険しい。谷に架かる橋は流されてしまっていたが、少ない流れくらいは簡単にわたれる。
谷を越えて直ぐは尾根への登りがある。それも暫く歩くと平坦な古道に変わり、落ち着いた静かなミズナラの森が続く。関西ではここ数年で後退してしまった笹薮が林床を覆う。大山で、これほど闊達な森が広がっていようとは驚きだ。
古道には綺麗な敷石が施され、案内によれば1600年頃に、庶民によって大山の修験者に寄贈されたものであるらしい。ところどころ土砂の流出で消えてはいても、大層立派な道である。
嘗ての履物である草履では具合の良かった敷石の立派な道も、ビブラムソールではちと滑る。敷石の外れを歩くようにして、殆ど高低差を感じないまま大休峠に着いた。この辺りはブナの森が広がる。
峠の非難小屋前では8人ほどの先行者が休息中で、中には、川床の不通を聞いて、蒜山から登って着たご夫婦もおられる。ユートピアに行くと云うと、いけますか?、と聞き返す。何か問題でもあるのかな?、やや心配がないでもない。
小屋前から潅木の続く、やや踏み跡の薄い森を野田ガ山へ向かう。背丈の高い潅木が中心で暑い。所々は踏み跡も不鮮明なところもある尾根道を歩き、4人くらいがやっと立てるところが野田ガ山ピークらしい。ここからは背丈の低い潅木の藪の中、細尾根に続くだろう踏み跡を辿る。
潅木を分けてやっと踏み跡が確認できるような細尾根で、左側はそれなりの、右側は目も眩む崖である。踏み外しても、谷底まで落ちる心配はなさそうなものだが、気を付けて進もう。目の前に岩場が見えてきた。
岩の上から覗く大山は立派であった。はるかの高みに目指すユートピア小屋が見える。次の岩場はやや高い。親指ピークの名がある岩場である。これもやや心持ち左側によってはいるが、ピークを越える。
越えた先を、設置ロープを頼りに下ると尾根が崩壊し谷底が覗いている難所がある。覗き込むと流石に足が竦む。落差は200m程もあるようだ。そろそろエネルギーが切れてきた。昼食に為たいところだが、適した場所がどこにもない。
振子山のブナの木陰を目指して、急峻な斜面を上り詰め、ところが、そこに山は無いのである。同じように細い、一面の潅木に隠れた尾根道が続くだけである。唯一あったのは、先行者2名の方が日差しを避けて休息中の岩だけであった。
右側は激しく崩壊した谷で、真っ赤な甘い実を沢山付けた大山キャラボクが冷たい風に吹かれていた。この辺りは既に紅葉が進んでいる。下る直前のピークでお昼を食べた。冷たいおやつを食べたときには体の震えが止まらない。
更に厳しさを増した潅木の林を縫い、一旦下って登り返すとユートピア小屋の真上、象の鼻直下である。砂すべりが不通である影響か、尾根に散らばる登山者の数が少ない。三鈷峰だけは特別で、狭い山頂は今日も満員御礼。
暫く尾根を登ってユートピアにさよなら、全員中宝珠から下るので、時間がかかるのは止む終えぬ。登りよりも長く感じるのは、そんな事も手伝った結果であろう。中宝珠を下る皆さんと別れ、ブナ林の綺麗な下宝珠からスキー場に出た。
無人に見えるスキー場は、所々長く伸びたゲレンデの芝や雑草を刈り始めている。通行止めのため、途中に止めた車まで、以外に早く着いたのは幸運であった。
|