かなり毛深い殻に覆われた、恐らくケマイマイ、がいた。明王院から20分ほど登山道を登った辺りである。殻も、良く見慣れた、厚みのある渦巻きではなくて、扁平な殻を背負っている。殻から出した、ゆっくり歩く頭は、何処から見てもカタツムリなのだが、どこか薄気味の悪いやつだ。
後から3人のハイカーが登ってくる筈で、狭い登山道では踏み潰されてしまうだろう。杉の枯れ枝で、道の外にどかしてやったら、少し転がって杉の根元にとまった。見上げた斜面は際限もなく続きそうで、零れ落ちる汗もまた止まるところを知らない。
厳しく苦しい斜面が終わると、目の前に更に厳しい斜度が現れる。やや下方に見え隠れしていた後続の3人、今では声も聞こえてこない。暫く休んで後、厳しい斜面を黙々と歩く。自然林に換わって、最初に目に飛び込んだのは、恐らくツルアジサイだ。
尾根に登ると斜度も緩み、あがらぬ膝でもなんとか歩ける。夏道を忠実に辿ると、目の前の林でヒンカラカラカラ、と響く鳴き声。駒鳥に違いない。あっちの梢、こっちの梢で囀りながら渡っていく。この森で、駒鳥を聞くのは初めてのようだ。
北への展望がよくなる御殿山手前のガレの傍には、真っ赤な、やや小型のタニウツギが今を盛りだ。カマツカ、サワフタギと、白い花の多い中、ツツジと並んで森を明るくする。コハクウンボクの花は未だ咲かない。御殿山ピークからは、かんざしのようなベニドウダンが物凄い花盛り。
ピークから望む西南稜に、珍しいことに人影がない。目の前の、杉の梢で囀るホオジロ。どこかでアオバトも鳴く、口の深谷に響き渡るホトトギスの声は、如何にも初夏を思わせる。わさび峠からのベニドウダンの花のトンネル、突然ジュウイチの声が響き渡る。ここのジュウイチはまた思い切り力の入った鳴き方をする。最後にジッジッジ、と笑うような鳴き方をするのもユニークだ。
潅木ばかりの西南稜をぬけ、殆どあがらぬ膝に鞭打って上り詰めた武奈ヶ岳ピーク、ご夫婦が吹き鳴らす、美しいオカリナの響き。確か、宗次郎の曲であったようだが、宗次郎の生演奏は聞いたことがない。こちらが本物、すばらしい。
食事でもしながら聞いとこう。と、そこへ例の3人が到着、無線機などを取り出して、誰やらと連絡を取り出した。まもなくオカリナの演奏会も終了、3人組に関連したかどうだか、ハッキリしたことは分からぬ。分からぬまでも、惜しいことをした。
例の鳴き声のジュウイチが、コヤマノタケ辺りで鳴いている。東を見るに、地表にはガスがかかり、伊吹山・御池・雨乞岳など、霞の向こうに頂上部のみ見えている。湖には、沖島の影がぼんやり見える。琵琶湖バレイはリフトの橋脚まではっきり見える。湿度が高くても、空気が澄んでいるとこんな見え方をするのだろう。
今日の登山者は少ない。入れ替わりに10人ばかりのパーティーが現れて、それで最後であったようである。御殿山まで戻ったところで雨粒が落ちてきた。沢山の渡り鳥の囀りがあり、野生のセンスに信をおくならば、南海沖地震は今年ではない。 |