久しぶりの多紀アルプス、未だ蕾の桜の小枝のシジュウカラの囀り、谷中に木魂して、本格的な春の予感めいたものがある。道傍の土手には、既に盛りを過ぎたツクシが林立し、強靭なスミレの青い花の色が一際目立つ。
登山口に一歩入ると春は未だ遠いことのようだ。谷川に沿って杉の林を抜けると冬枯れの潅木の林が広がる。小さな流れの上のつやつやした椿の葉の上には、真っ赤な花があり、鼻を衝くヒサカキの匂いはやはり早春のものである。
1000年前の伽藍の跡には小さなお地蔵様が一体、見渡した山の端には、いまにも咲きそうな真っ白なコブシがあちこちに見える。ピークから一旦下り、上り返すと岩の多い小金ガ岳のピークが目の前に見える。
岩場には真新しい鎖が掛かり、ここらで体温が急上昇、一枚脱いで一のぼりすると小金ガ岳ピークである。無人のピークから見下ろした北側の岩場の何処にも人の姿が無い。潅木の陰で涼みながら、春霞の向こうの三岳を眺めた。三岳にも人の姿が見当たらない。
ピークを北側に降りると苔の上に小さな花が咲いている。小さなバイカオウレンの花は北側の霜が降りそうな場所を選んで咲いているようである。ここには未だ陽射しもない。危なっかしい岩場の傍には蕾をつけた日陰ツツジもあったが、これは未だ一月くらい先のことだろう。
小さくても北壁を抜け、風の強い大タワまで降りてくると流石に無人な訳はない。車が4台、登山支度の男性が一人、それでも随分少ないようだ。最近の踏み跡は少なからず残っていたので、ハイカーが急に少なくなったとは考えられない。
東屋で小休止の後三岳へのきつい登り、急斜面に何処までも続くかに見えるいやらしい階段、心臓は弾けそうになるし太腿は張り裂けそうな悲鳴を挙げているのだ。最後に鎖場があって、ようやく緩斜面に到達する。額からは玉の汗が滴り、乾いた埃の多い登山道に一瞬黒いシミを作って消えていく。
あれほどの胸の高鳴りも斜度がゆるむと何処かに消えて、三岳のピーク手前の祠の前では些か寒い。温度計を見るに、寒気の流入による気温の低下が伺える。くもり勝ちの空には陽射しも減った。風のない岩陰では寝転んだーハイカーが一人。
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