林道の除雪は養鱒場まで、その先には硬く締まった凍った道が続いている。これでは夏タイヤではとても歯がたたない。ユーターンし、少し戻ったカーブの傍に車を止めた。歩き出すと直ぐ、磨り減った夏タイヤの四駆と普通乗用車がとめてある。
随分無茶なことをするものだと、感心しながらも無謀な操車に驚いた。その先には、どうみても放置されたとしか見えないバンが一台。急激な積雪に会い止むおえず放置したのか。林道は朝の冷え込みでテカテカ光って容赦がない。
林道から入った細い山道にはぼちぼち雪が現れ、雪の上にはかなりの踏み跡が残っている。右側の急斜面からは小さな雪の塊や小石が前触れも無く崩れてきて、ゆっくりとは歩いていられない。
長い山道の終わり近くにある桜地蔵尊にも沢山の踏み跡が続き、お地蔵さんも時ならぬハイカーの訪問には辟易なさっているかもしれない。これ以上のお願いは控えるのが人情である。挨拶はしても願い事はしないのだ。
橋を渡るといよいよ千種街道の核心部。いきなり現れる、川に面した明るい山小屋にも踏み跡が沢山続き、ここで宴会をやらかしたパーティーがあったかなかったか。積雪はこれまでの記憶に無いほど多く、川に面したやや高所に続く道は多少の危険も伴っている。落ちたら大変だ。
危ないところにはトラロープや小橋が設置され、随分安全にはなった。鉱山跡を過ぎ、奥の畑出会いを過ぎると蓮如上人旧跡である。トレースがここでまばらになった。あちこちに分散したトレースからみて、ここで遊んで帰ったハイカーもいたようである。
少なくなったトレースは高度を上げ始め、大きな一反ボウソウ(シデの木らしい)の傍を抜けていよいよ杉峠に向かって急斜面をトラバースする。踏み跡に混じってスキー板の跡も。ここまで板を背負ってきた労苦に敬意を表し、エビの尻尾が堆く積もった登山道を抜けると杉峠に着く。眼下に伊勢平野が広がり、遠くに雪を纏ったシルエットが春霞の上に続いている。
目の前の雪の急斜面には踏み跡が2つほど。雪は深そうだが、ここまでと同じように沈むこともなく、靴ほどは沈んでくれるのでアイゼンの装着も必要ない。トレースを使い、時に潅木を使ってとにかく登ること30分。振り向いた先には湖西から湖東の山々が霞の上に白い頭を出し、東には、恐らく御岳だと思われる独立峰が白い姿を現した。
随分発達した大きなセッピの上を進むこと更に30分、湖東の山々の背後に、一際高く大きな白い巨魁、やや黄金色の光芒を放つ姿は白山であろう。あの姿を見て拝みたくなるのもよく分かる。神々のふるさとである高天原は高所であろうから。
強靭な笹の覆う雨乞岳ピークの辺りも完全に雪に埋まり、ピーク傍の、竜が棲むという小さな雨乞いの池も、完全に雪の下に眠ったままだ。竜王様も、流石にこの時期は休暇を決め込み、冬眠の最中であろう。
風の無い暖かな雪原でお昼を食べ、南雨乞岳ピークから清水の頭に向かって下降を開始、よほど強烈な風の通り道であろう清水の頭は、北側は笹が覆い、南側に大きなセッピができて、セッピには大きく長い亀裂が二つ。小さいけども氷河のようだ、と無邪気によろこぶのである。
清水の頭を抜け、奥の畑谷のもっとも入り口に近い辺りに降下、随分厳しい斜度も雪の上ならなんのその、あっと云うまではないが、相当時間を稼ぐことができた。谷を抜けると蓮如上人旧跡の下、車が4台もあった筈だが、出遭った人は二人だけ。
やっぱり凍りついたままの林道に戻ると、溝に落ちた軽トラの傍にJAFの車が。それは夏タイヤを履いた二台の車の傍であった。この事実をして、更に軽トラのドライバーとJAF社員との会話を小耳に挟み、二台の車は今日のものにあらず、以前からここにあったという結論を得たのである。 |