■ 庄原・葦嶽山
・・・・2026年03月20日
2026.3.22

古代日本についてのお話は諸説あり、もっぱら他国の歴史書に頼るところが多い。それと云うのも当時の日本には文字が無い。故に歴史学の対象にはならず、考古学の範疇なら、出雲大社の宇豆柱などは有名は話だ。古代出雲國に纏わるお話に些かの真実味があるとすれば、当時、中国山地を挟んだ広島・岡山辺りを中心に吉備国と云う強力な勢力があり、吉備国に纏わるお話の中には事実らしいものもあり得るだろう。

庄原市の山中に、日本のピラミッドなるお山があるらしい。山の名は葦嶽山、どこから観ても円錐形に見え、お山のあちこちに散在する巨石があると言う。俄には信じがたい事だが、よく考えてみるとピラミッドは何もエジプトのみに限られた現象では無い。中南米のピラミッドは有名だし、およそ巨石に因んだ遺跡の中に、ピラミッド型のものがあっても何ら不思議ではないのだ。古今東西、人の考える事にそう違いは無い。もっとも、日本のピラミッドと吉備国の間に関連があったかどうかは不明である。建造推定年代は2万2千年前だそうだから、もっとも古い縄文土器より更に古いお話だ。

有難い事にお山は逃げない。行ってみれば得るものもあるだろうし、周辺ではセツブンソウも咲くそうだから、残りものでも拝む事ができれば本望である。高速を降り、山を越え丘を越え、遥々とやって来た山道には、堂々と「日本のピラミッド」と案内がある。細い山道を前にしてちょっと逡巡したものの、無事に峠に着き、車は広めの路肩に置いた。より立派な舗装路は続くのだが、観察するなら徒歩に勝るものはない。

歩き出すと予報より寒い。温かい陽射しと冷たい風の吹く日であった。林床は隈笹が覆い、路肩の藪ではトサミズキの花が開いたところ。足元にタチツボスミレ。隈笹の林床に咲くセツブンソウは想像し難いから空振かも知れない。そもそも花期を終えたセツブンソウがいつまであるものやら知らないのだ。斜度が尽きたところで右手に遊歩道が降る。案内は間違いなくピラミッド、しかし先人の踏み跡は無い。

昔の遊歩道を塞ぐ倒木を潜り、小さな谷川に出ると道が2分、谷川に沿うコースを進むとマンサクが満開だ。見慣れたものより立派な、星型の花を着けたマンサクである。これもひとえにピラミッドパワーか。ピクニックには手頃な林の中の小川の傍だ。ここからは登り返して尾根を行く。朽ちた階段をいくつか登り、鎖場などを歩いて岩峰に着いた。似たような高さの峰々はあれども、何処が目指すピラミッドなのかはさっぱり不明。

ピクニックでは、不満の出そうな細尾根を越えると道が出合う。恐らく駐車場から辿るコースだ。広めの尾根に降り、登り返す辺りにやっと大岩などが出て来て、大岩を観察したところ花崗岩である。鈴鹿などでは当り前の花崗岩だが、中国山地では珍しい。どうも大岩の正体だと思われる。愈々ピラミッドの片鱗か、と登り詰めたピークは平凡であった。この山は眺めるお山で、登るなら周辺のお山にするべきであった。ロックガーデンは谷側にあるとの案内があったが、もう気は済んだのでここで終了。

帰る道中、と言っても色々あるが、若いアナグマに今日も出逢った。ぶらぶら歩きで何やら盛んに呟いている。どうも近頃の食料事情について不満があるのだ。早朝に冷え込むものだから、咲くばかりの桜の木の下に蠢く虫が少ない。余念なく桜の木の下を探りつつ、ふと顔を挙げると人が見ている。え〜〜、彼の顔に幾らか狼狽の色がある。大いに照れくさそうに、暫く辺りをふらつき、間が空いたところで、まいったな〜、といった風情の小走りを始めた。人は嫌味でいけない、と呟いたようであった。


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