■ 丹波・西光寺山
・・・・2026年02月21日
2026.2.23

今週は西光寺山、先週の加西アルプスより概ね500ほど高い低山だ。墓地の駐車場をお借りして、聳え立つお山を見上げた途端、金の鶏に纏わるお話を思い出す。各地のお山を歩き、景色に加えてお宝探しの可能な山は他に無い。地元の方が仰有るのだから、夢幻とばかりは云えないものもあり得よう。願わくば、足の赴く先にあってくれたらと願いつつ、落ちる汗の雫と共に消えて行く妄念の類いだ。

今日も暖かくなるとの予想で氷点下2℃、澄明な池の水面に水鳥は無し。綺麗に過ぎる水に生き物の姿は無い。池の周囲を掃除すると云い、勝手生えの樹木の掃討に励むおじいさんの姿も無い。伐採した樹木の間に新たな植物が成長しつつある。橋を渡るとサギソウ自生地、冬枯れの霜の着く草地に日が差し始めて暖かい。誰も使わない四阿に立ち寄り、改めて金鶏の由来を読ませて貰った。結論としては、ただの民話の類で現実味は無い。しかし、今も探す人がいるとなると、火の無いところに煙は無い、の類か。

山道を歩き、蘇った挙句に放置された炭焼き窯を拝んで悟りを開いた。この急斜面の山腹を探すことなど不可能、光ものの一つでもあれよかし、これが今日のスタイルである。楽した先週の分も合わせてキツい登り。キツいながらも足元の光ものとウバメガシの太さに付いては見逃すものでは無い。何故ウバメガシか、何れ化石燃料の高騰・枯渇といった日には、備長炭は高級火力、下の窯を使った炭焼は大いに栄えるに違い無い。その日の為の下見である。あ〜暑い。尾根はまだかいな。

思いの他長い斜面を歩き、西側の植林地に出逢うと尾根に抜ける。岩尾根を少し歩くと金鶏の主人公である上人様がお住みになった狭い四阿の立つピーク。先行する男性の姿は夢幻の如くに消え、傍のサルトリイバラの実は異変を思わせるほどの結実。これは一体どの様な暗示であろう。ピークを抜ける風は冷たい。光はあれども汗が冷えて寒いのだ。この上は、加東市最高峰・加東神山目指して降るとしよう。

ほぼ順調な降り基調、その先に、これでもか、と云うくらいに聳えるのが洞ヶ山。標高は西光寺山にやや劣りはするが傾斜は厳しくトラロープの掛かる山だ。登ったピークに待つものは、衆生済度の碑であった。緩い林床を歩くと加東神山は直ぐである。神域の雰囲気の漂う林床を東に降ると西光寺跡、相当に古いものであるらしく、土器の一つさえ無い多段の広い敷地だけが残る。風がないのでエネルギー補給、今日は鳥さえ鳴かぬ日だ。さて、エネルギー充填100%、池のような石積の左から、林床に続く、踏み跡の無い歩き易い道を辿る。

前方から、良いお年のアベックが登って来られた。ここで人と会おうとは思わなかった。山腹から谷に入ると一転、歩き辛いことこの上ない。嫌になっては左の尾根が魅力的に見えて来る。今では廃道だが、藪に続く直登ルートを歩いた事が一度だけあるのだ。大汗でやっと谷ルートを終え、左の尾根に乗ったところでリンゴの落果を多数見た。齧ってみると甘くて渋い。オオウラジロノキの実、小さいものは多数見ているが、これは初めてである。

古い道を辿り、崩壊地を避けて歩くと金鶏由来を掲げた四阿の後ろに抜けた。下界は暑いくらいの気温であった。この気温に騙されて這い出してきたアマカエル、酷く痩せて足取りも定かならず。未だ2月の末を告げると多弁な日頃に似合わず、「カエルだって勇み足ってヤツはありますよ」とひとこと言い残してねぐらに戻って行く。この陽気で、啓蟄を待たずに浮かれでるものは、ひとりカエルだけに非ず。人族もまた同様である。


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