■ 京都西山・愛宕山
・・・・2026年01月24日
2026.1.25

「今後の雪」では、日本海側と比良・鈴鹿はかなりの積雪、今も降り続いている。大雪と言っても、半世紀前の日本海側の積雪はこんなものではなかった。家の庭で、カマクラを作って遊べるほどの雪であった。懐かしい思い出だ。20年前は、比良でも例年2〜3mの積雪はあり、極寒の雪上テン泊で、生死の境を彷徨ったこともある(大袈裟)。かくして、年末にはちょっとだけ雪化粧した地蔵山を歩いて満足していた。近頃は、冷たい雪より暖かいお風呂が所望なのだ。これでは遺憾!!、と思いつつも、車載温度計は−6℃、外に出たい人は変態の類、雪だってマダラ模様で愈々やるせない。

かくなる上は樒原に車を止め、ジープ道で愛宕山へ参拝すると言う、寒さ対策優先の物見遊山。標高差は少ないもののジープ道は、車両の道としては恐らく群を抜く斜度のキツい道である。未舗装どころかとても歩き難いダート道、雪が着くとそれはそれは歩き辛い。一般車両の無い薄雪の駐車地に着き、暖かい車から見回した景色の寒々しさ。ところが歩き出した府道はそれほども寒く無い。発熱分は自家暖房に使える風の無い朝だ。謂わば、熱の簒奪者の無い状況と云える。

雪と氷でツルツルの府道は注意が必要。ここでアイゼンなどを着けたりしては顰蹙を買う。無事に旧参道に辿り着き、ゴロゴロ石の隙間を埋める雪には惜しみ無い感謝の辞を表明しつつ、何とか無事にジープ道へと到達した。ご苦労な事に、凸凹斜面の雪の上には往復分の轍の跡が刻まれれいる。更には、轍の跡にソールの減った登山靴の跡が一つ、直ぐ上辺りを行く高野聖の足跡であった。しかし、今の時期には山ナマコは無し、飛騨は遠い。

黙々とルージュのコースを登り、自家暖房の熱で汗ばんで来た。先行者の背中は拝むことなく、神明峠出合い手前で斜度は緩くなる。ここまで、人の影に代わって多いのはネズミの痕跡。あっちにもこっちにも、尻尾と二本の足で移動した様子が残っていた。まるで雪祭でもあったかのような賑わいだ。ヒメネズミなどのそうした賑わいは、他の動物の嫉妬の対象らしい。恐らくはカラス、の妨害の様子さえ雪はとどめていた。

賑わいが去り、峠に続く足跡が一つ、途端に何やら不吉なものが辺りを覆い、悪霊退散の願いも虚しく、風は起こり気温は−10℃、露出した顔の皮が凍り付く。これは別名「冷感エステ」とも云う美容法ではある。が、強要されてはたまらない。雪の林に逃れ、何とそこは結界の中か、溢れる日差しもあり暖かい。結界で暫しの休息を入れ、目の前にある愛宕神社へ、いざ参拝しよう。

流石に雪の愛宕山、地蔵山にも竜ヶ岳にも踏み跡を残す方々がいて、首無し地蔵から、月輪寺方面から集う方々、この時点で、10人ばかりの予測は外れ、表参道の神社前では人波さえ出来る様子、流石に冷え込む木陰に人影は無い。


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