雪山に行きたし、と思えど今日から冬の大嵐の様相、どこかで助かったような心持ちがある。そう思いながらも強烈な風と氷点下の気温、お得感はほぼ無い。私有地結界の前まで来ると、ハイカー対策だと思われる「送迎バス転回場に付き駐車禁止」の看板が目に入った。この様な事は想定はしていた。渋々、オフィシャルな三草山駐車場に移動、こんな天候に拘らずハイカーは多い。ツーシーターの車から出て来られた男性二人。フロントのエンジンルームのトランクはツールボックス程度の大きさで、大したものの入る余地は無い。
改めて国道を渡り結界を越え、姿なき住民の皆様の気配を探して廻池まで歩く。雨がないので池の水位は低下、巨大な岩塊が透けている。覗き込んでも3m位から下は昏として見えず、怖くなって思わず辺りを見回した。海も怖いが池の怖さはまた格別だ。さて、踏み跡の増えたP298への岩尾根ルート、登ると同時に良くなる景色、岩尾根の狭間に降る谷の様子は、日本アルプスに比べられる景色だと思っている。ただし、背後の街並みを無視する技術は欠かせない。
辿り着いたP298には立派な踏み跡ができ、もはや登山道と言っても差し支えない。途を塞ぐ灌木は伐採されコシダは刈取られ、関係者様の努力の程が伺える。おっちゃん達、ありがとう。ここまで登ると汗も出る。風にも負けず、雪にも負けず、次のピークを目指して降る。目指すピークは加東アルプス槍ヶ岳、文字通り槍の如くに天に向って突き上げるピークだ。ここは前半でも厳しい区間で、ジオラマといえども応える地点、唯一のキレットなどを越え槍の天辺を目指す。
未だ余裕の残る状態で、次は関電鉄塔までの緩い区間、大坂山と周辺の尾根、そして数曽寺谷に降るあたりが見ものである。できれば廻谷方面も見て欲しいのだが、長い首の持主限定の景色である。鉄塔から峠までは100m余りの降り道、滑り易いルートを降ると古い碑に気が付いた。苔と風化で読み辛く、はて、何が書いてあるのかな、と座り込むところへ顔が出てきて心臓が飛び出た。お若い男性であった。あ〜驚いた。ここは3回目だが、人と会うのは初めてだと云う。少々話込んでお先に大坂山への登り返し。
先ずは大坂山バットレス、風は強くて雪の舞う岩場の斜面、廻谷の向こうに凄い岩尾根が見えている。若者が追いついて来て、先に行った。バットレスを過ぎても緩む事の無い斜度の300m、残る余裕を瞬く間に消費し、立ったままでの小休止。岩のテラスから見る谷の様子が素晴らしい。上り詰めた大坂山ピークに漂う美味しそうな匂いのもとは、先行者の啜るカレーラーメンであった。そこへ登って来られた男性二人、あのツーシーターのお二人だ。補給をしたいのは同様だがここは冷える。前衛の岩陰は暖かった過去がある。
今日の風には心遣いが足りない。辿り着いた岩影にも冷たい風が抜ける。更に降った中尾根の根元で休息とエネルギー補給、今日は中尾根を降ろう。一見すると恐ろしげな尾根だが、案外に優しいところもある。先の二人が馬の背を降って行った。あとは谷に降って駐車場へ帰るのみ。で、降った谷が何やら騒々しい。余すところ無く掘り返され、出来た小穴はなんであろう。猪の団地にしては、そもそも姿が無い。林床は今も残るどんぐりが多数、食料に窮する事はありそうに無い。
兎に角、凄い数の穴を掘ったのは猪で、察するところ、どんぐりに食傷気味の彼らは動物性タンパク質を欲していた、と言う事だ。有り余るどんぐりは、恐らくその一部をどんぐり酒として発酵させ、月夜の晩には、持ち寄った動物性タンパク質を肴に、豪勢な酒宴を催した。猪でさえ、食料に汲々とすることさえなければ、こうした文化文明の萌芽とも見える行動に出るのだ。数曽寺池に浮かぶカモに聞いたところ、「ぼくらは食料の無いこの池で体を休めるだけで、猪の宴は関係ありません。招かれても、この立派なコートが汚れるようなところへは行きませんよ」とプカプカ、風に吹かれて漂うのであった。 |